日本は文化と観光戦略の一体化で後れをとっている 世界中から人を呼び込める成功事例は豊岡でつくれる


定例会の模様をYoutubeにアップしました。


第284回 2022年3月9日

劇作家、芸術文化観光専門職大学学長
平田 オリザ氏
「芸術文化観光の未来」

 兵庫県の県北、但馬には4年制大学がひとつもなく、豊岡市など但馬の3市2町の首長が請願し、悲願の4大である芸術文化観光専門職大学が生まれた。豊岡では城崎国際アートセンターという滞在型の施設を設け、世界中からアーティストを迎え入れている。稼働日は年330日に上り、城崎と豊岡の子供は毎日のようにアーティストと触れ合える環境にある。豊岡は演劇教育にも力を入れており、幼稚園生と小学1、2年生全員がお芝居を、6年生は狂言をそれぞれ年に1回観劇できるようになった。文化政策は裾野を広げ、ステップアップできるピラミッドが必要で、ピラミッドの頂点として大学ができた。

 専門職大学なので旅館やホテルなどでの実習が多く、「演技とダンスの実務を本格的に学べる公立大学」がキャッチフレーズだ。完全クォーター制を導入したことで、東京や大阪の大学が休みの8月や2月、3月に文学の高橋源一郎先生などトップクラスの先生に来てもらえるメリットがある。一般教養では超一流の先生に触れてもらうのが教育方針だ。
 東京芸術大学も音楽学部と美術学部のみで演劇学部はなく、兵庫県が他府県に先駆けてこの大学をつくった。韓国は5年前に全高校の選択肢に演劇を入れた。アジアでは文化と観光戦略が一体化しており、日本は後れを取っている。中国など東アジアの中間層が初めて行く旅行先に安くて近くて安全な日本を選んでくれた。もう1回来てもらうには、食やスポーツを含めてコンテンツの中身が大事だ。文化観光で日本が特に弱いのが夜のエンターテインメントだ。
 ウィーンでは毎日違うオペラを上演する決まりになっている。毎日違うオペラを見られるので、昼間にザルツブルクやミュンヘンに観光に行っても夜はウィーンに戻ってオペラを見て、食事をしてホテルに泊まってお土産を買うと最低でも5万円くらい使う。雇用、消費が生まれるので、税金を投入して毎日違うオペラを上演しても市全体では採算が取れる。欧州はLCCで域内を1万数千円、1・5時間以内で移動できるので、どうすれば泊ってくれるかを各都市が競うようになった。欧州の都市ではオペラハウスを造ることが、オリンピックの誘致に匹敵する大きな政策の一つになっている。
 豊岡市は観光が主要産業で、カニで有名な城崎が6~7割を占める。その外にも神鍋などの観光スポットがあり、回遊性を持たせれば但馬に金が落ちる。カニ頼みのモデルから脱却し、最終的に狙うのは海外の富裕層の長期滞在だ。そのためには、昼のスポーツに加え、夜のアート、お芝居や音楽が必須となる。但馬には国際観光都市に脱皮できるポテンシャルがあり、そのポテンシャルを最大限に引き出すのが大学だ。
 日本の観光業にとって最も必要な芸術文化観光を企画、運営、実践できる人材を育成する大学として新しいジャンルを切り開こうとしている。09年に国土交通省の成長戦略会議・観光分科会の座長に就いた。観光庁の官僚から日夜ブリーフィングを受け、日本で観光に一番詳しい劇作家になった。まさか、10年後に大学の学長になるとは思わなかった。
 演劇祭で一番有名なのは(フランスの)アビニョン演劇祭だ。世界中から大道芸人やダンサーらパフォーマーが集まり、1か月に2000題目が演じられる。街中のガレージや教会、体育館などが1か月劇場になる。観客は気に入るとブログを書き、世界中からプロデューサーも来る。話題作が出ると記事になり、ル・モンド紙の1面に載ることもある。演劇祭の成功には、いくつかの劇場、たくさんの宿泊施設、ネットワークが条件となる。豊岡市は1市5町が合併したため、さまざまな文化施設がある。城崎の旅館から神鍋高原のスポーツ合宿施設まであらゆる階層の宿泊施設がある。城崎国際アートセンターで培った世界のアーティストとの人脈がある。私の個人的なネットワークもある。成功の条件はそろっている。
 観光のボトムは9月だから演劇祭は9月に開く。観光はカニとスキーの冬、桜、ゴールデンウィーク、夏休みなどに限られる。9月に開けばボトムを埋められる。そうすれば、通年集客が実現し、通年雇用も可能となる。正社員で雇用できるので、観光業に有用な人材が集まる。これが大学と城崎、豊岡の観光業界が考える長期戦略で、安定して良い人材を育てて雇用するサイクルをつくる。そのために文化観光を戦略的に使う。
 世界最大の演劇祭が開かれるアビニョンの人口は9万人。世界最大の映画祭が行われるカンヌの人口は7万人。豊岡の人口は8万人で、(世界的な演劇祭の開催は)決して夢物語ではない。成功するアートフェスティバルはこの人口規模でないと駄目だ。東京、大阪、京都でさえも、演劇祭をやっても街中が演劇一色とはならない。大きな都市は都市の大きさにアートが紛れてしまう。豊岡の人口規模でアートフェスをやれば、映画、演劇、音楽一色になる。オンリー・ワンになれば、世界中から人を呼び込める。こうした成功事例を豊岡でつくろうとしているが、まだ形になる前の途上だ。
 地方の自治体から「人口減少対策について話してくれ」と頼まれる機会が多い。恋愛、結婚、出産は個人の自由の問題で、内面の問題に打てる手は限られる。お金では解決しないのは分かりきっている。日本の地方創生政策はいまだに、高卒男子をつなぎとめる昭和の政策だ。工場を誘致して高卒男子を地元にとどめて、出稼ぎ集団就職をなくす政策だ。自民党の長期政権で最も成功した政策のひとつで、あまりにも成功したため、平成の30年間思考が止まってしまった。
 その間、高等教育、女子の4年制大学への進学率が急上昇した。「古里だから残ってくれ」という時代ではなく、若者が古里を選ぶ時代になった。ところが、地方には女性が就きたい職業が少ない。女性に選ばれない自治体は滅びる。東京と同程度の教育水準や医療水準に加え、文化も大事だ。子育て世代にとっては図書館の絵本の充実度も大事な要素。子供の習い事ナンバー・ワンのスイミングのクラブがないと移住してこない。ママ友と駄弁られるカフェやイタリアンのレストラン、スイーツ店も大事な要素。こういう広い意味での文化について自治体は考えてこなかった。民間に任せては駄目だ。選ばれる自治体になるには、文化が非常に大きな要素となる。名実とも関西に移住しており、これからも関西圏の文化、観光の発展にできるだけ寄与したいと思う。(小山内 康之)◇
芸術家どうしの連帯が重要 ロシアのウクライナ侵攻で

講演後の質疑応答の中で平田氏は、ロシアのウクライナ侵攻について、プーチン大統領は「身体性が弱くなっているのではないか」と分析した。「身体性」とは演劇やダンスでよく使われる言葉で、「身体性が弱い」とは「頭でふりつけをしても、体がついていかない」などの状態を言う。「王侯貴族は戦場に行くわけがないので、傷つく感覚がどんどん薄れ、痛みがわからなくなる」ように、長期独裁によって言論を封殺することで、人々の痛みや現実が伝わらなくなり、戦争への抑止がきかなくなると平田氏は指摘した。
 また平田氏は、チェーホフ、ドストエフスキー、ツルゲーネフ、ボリショイバレエ団、チャイコフスキー――などの名をあげ、「素晴らしい芸術を生み出してきた民族と和解できないわけはないと信じたい」と強調した。さらに、国際演劇評論家協会のロシアセンターがいち早く、同協会のウクライナセンターに対し「今のロシア政府に反対である。ウクライナの批評家の人々と連帯する」との声明を発表した例を示し、「芸術家個人の力は弱いかもしれないが、(同じ芸術家として)ロシアの表現者と連帯していくことが重要だ」と述べた。

ゲスト略歴(講演時)=劇作家・演出家。芸術文化観光専門職大学学長。劇団「青年団」主宰。江原河畔劇場 芸術総監督、こまばアゴラ劇場芸術総監督。1962年東京生まれ。1995年『東京ノート』で第39回岸田國士戯曲賞、2019年『日本文学盛衰史』で第22回鶴屋南北戯曲賞を受賞。2011年フランス文化通信省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。演劇の手法を用いた多様性理解・コミュニケーション教育にも取り組み、各地の自治体・NPOとも連携してワークショップを実施している。2019年より豊岡市日高町に移住し、劇団の新拠点となる江原河畔劇場を設立。豊岡市芸術文化参与、豊岡演劇祭フェスティバル・ディレクターもつとめる。