新型コロナウイルスは「正しく恐れること」 「日の丸ワクチン」の技術は実用化済み


定例会の模様をYoutubeにアップしました。

第275回 2020年11月18日
大阪大学寄附講座教授
森下 竜一もりした りゅういち
「新型コロナとの闘い~ワクチン開発の今」 

 医療ベンチャー「アンジェス」の創業者として、新型コロナウイルスのワクチン開発に取り組む森下竜一・大阪大学寄附講座教授を招いた定例会は、アメリカ製薬大手ファイザー社が開発中のワクチンの有効性が、95%という臨床試験の結果を発表した直後のタイミングで、メディア各社はじめ多くの注目を集めた。

◆新型コロナウイルスの特性
 新型コロナウイルスは、正しく恐れることが重要だ。春の段階では未知のウイルスだったが、現在では特性が分かってきており、闇雲に恐れる必要はない。このウイルスがやっかいなのは、感染者の8割が軽症か無症状で、感染力は症状が出た後より前のほうが強いため、感染者が自覚のないまま、周囲に伝染させてしまう。感染経路は主に2つで、飛沫感染と接触感染。空気感染は起こらないが、細かい粒子が飛ぶエアロゾル感染がクラスターの原因となる。
 新型コロナは受容体に結合して体内に入る。受容体が多いのは口腔内。会食や、カラオケ、ライブハウスは口が開くのでクラスターが発生しやすい。エアロゾルを口から入れないためにマスクは有効。ダイヤモンドプリンセス号では、一番ウイルスが多かったのはトイレの床だった。日本ではトイレではスリッパを履き、ウォシュレットも普及している。ふたを閉めて流せば、ウイルスは周囲には飛び散らない。会食の際は、トイレのきれいなお店をお勧めする。新型コロナウイルスはそんなに強いウイルスではないので、アルコール消毒も有効。また、ソーシャルディスタンスを守ることも重要。大阪の医療体制は、一日の感染者が500人程度までなら耐えられるが、1000人単位になると医療崩壊の恐れがある。年明けには第4波の可能性もあり、引き続き警戒が必要だ。
 新型コロナウイルスはネズミには症状が出ないため動物実験で効果を試すことが難しい。これが治療薬の開発が難航している理由の1つ。アメリカで先行しているのは、治癒した人の抗体に似せて作るタイプのもの。トランプ大統領の打った「抗体カクテル」がこれに当たる。どの抗体が有効なのかわからないので、色々混ぜて作ったもの。おそらく来年度中には治療薬が製品化されるだろうが、まだ時間がかかるため、一方でワクチン開発も急ぐ必要がある。

◆ワクチン開発の現状
 ワクチン開発には、オールジャパンで取り組んでいる。参加企業の8割が大阪で、大阪企業の先進性を示していると思う。
 ワクチンの効果には2つあり、感染予防と重症化予防。前者は中和抗体を作って、ウイルスが体内の受容体に結合するのを防ぐ。後者は、感染した細胞ごと殺して、ウイルスを減らす。両方の効果を持つワクチンが理想。今回、各国で開発が進んでいるワクチンで成功しているものは、遺伝子治療の技術を使っている。私たちが開発中のワクチンはDNAワクチン。従来のワクチンとは全く違ったフェーズに入ってきている。従来のインフルエンザなどのワクチンとはレベルの異なるものが複数開発中で一つひとつ特徴や副作用が異なる。
 これをどうやって国民全員に打つかは非常に難しい問題だ。厚労省の当初案では、都道府県ごとに選ぶ形だが、個人が選択できるようにしないと、打たない人が増えてしまったら意味がない。
 ワクチンの供給も難題。ファイザー社のRNAワクチンはマイナス70℃での輸送が必要で、使用期限も非常に短いため、あちこちで接種するわけにいかず、集団接種するしかない。どうやって飛行機で運ぶのか。普通の旅客機では運べない。輸送試験を行って、プラスマイナス5~10℃以内の幅で輸送できなければならないなど、どうやって運搬して、どこで接種するのか、ロジスティクス面での課題が大きい。
 われわれのDNAワクチンは3月に着手して、なぜ早く開発できるのかと聞かれるが、去年実用化した遺伝子治療の技術を使っている。すでに、血管再生のための遺伝子治療薬を発売済みだ。この技術を応用できるので、人への治験を早く行うことができる。DNAワクチンはまだ実用化していないが、基本の技術は実用化されている。現状、第一段階の治験を終えているが、データの解析がまだ終わっていない。年内には発表したい。この後は、500人単位での治験に進む予定だ。
 現在、ファイザー社、アストラゼネカ社、モデルナ社が先行している。最終段階に近づき最初の治験データが出てきている。効果はどれも良好だが、倦怠感や発熱などの副作用が報告されている。また、ワクチンによる抗体が高い時点での中間発表なので、どの程度の期間、抗体がもつのかがまだ分からない。原理的には1年が限界なので、1年に1回はワクチンを打たないといけない可能性が高い。日本側は安全性からスタートして、次に有効性。海外はまず有効性で、副作用があっても効果を狙う。発想が逆なので、有効性90%がハードルとなってくると、さらに工夫が必要になる。これから、いろいろなタイプのワクチンが最終段階に入るので、副作用が少なく、有効性が高く、効果が長く維持されるワクチンが期待される。

 講演後の質疑応答では、東京オリンピック開催はワクチンが前提となっている点について問われ、森下教授は「東京オリンピックは感染予防をしながら開催可能と考える。欧米では選手分のワクチンは確保できる。先方で接種して日本に入国する形が想定される」との考えを示したうえで、「日の丸ワクチン」開発にあらためて自信を示した。(木原 善隆)

ゲスト略歴(講演時)=1962年岡山県総社市生まれ。87年大阪大学医学部卒。米国スタンフォード大学循環器科研究員・客員講師、大阪大学助教授などを経て2003年から同大学教授。専門は遺伝子治療学。1999年、大阪大発の製薬ベンチャー・メドジーン(現アンジェス)を創業した。2019年7月まで内閣府の規制改革推進会議委員。現在、内閣官房健康・医療戦略推進本部の戦略参与、大阪府・大阪市特別顧問を務める。著書に「新型コロナの正体 日本はワクチン戦争に勝てるか!?」(共著)など。