【サルの社会は勝ち組が独占する原理だが、人間は優劣のみで集団原理を作ってはやっていけない】

224回 212

京都大学総長
山極 壽一 氏
「コミュニケーションの進化と大学教育」

  総長になったとき、「ゴリラのように泰然自若」と言った。大学はジャングル。猛獣をつかい、調和良くまとめる役割だ。
 ゴリラはヒトの仲間で、人間と遺伝子の構成が2%ぐらいしか違わない。サルはもっと違う。まずサルとゴリラの違いを認識すべきだ。
 サルは前もって相手と自分のどちらが強いか認識し、弱い方が手を引く。強い方が食物を独占する。サル同士、だれが強いのかを知っている。
 強いサルは、強がっているサルをやっつける。真ん中のサルがえさを食べ、これをサル知恵という。人間社会でも起こることだが、人間は恥ずかしいと思う。
 チンパンジーは分配を要求し、強い方は拒めない。食物の分配は、人間にとってはあまりにも当然のことだ。
 ゴリラは、顔を近づけると、じっと見る。対面が起きる。類人猿のコミュニケーションの特徴だ。
 人間も対面する。食事は、栄養補給が目的なら、対面しなくてもよい。現に若い人はやっていて、携帯電話に向かっている。
 人間の目には「白目」がある。1メートルぐらいおくと白目が見え、相手の内面の動きをとらえている。相手がどういう評価をしているか、目に表れる。大事な交渉のときは、目の動きを通じて知らなければならない。会うことで真実味を帯びる。
 言葉の発明は最近のことで、数万年から十数年前だ。脳が大きくなったのは言葉を使うからではなく、脳が大きくなったから言葉を使えるようになった。
 頭の小さかった人類は、どれぐらいの規模の集団で暮らしていたか。
 アウストラロピテクスは50人。現代は160人ぐらいの集団を作るのに適している。それ以上はフィットしていない。
 1015人だと、言葉はいらない。スポーツの集団がそうで、毎日、フェース・ツー・フェースで練習しているから、仲間が何を求めているか分かる。共鳴集団で、突き詰めれば家族だ。後ろ姿を見ただけで分かる。
 3050人は学校の1クラス。だれかが欠けたら分かる。顔と性格を熟知している。会社で言うと部だ。
 100150人は、年賀状を書くとき、顔を思い浮かべられる。何の疑いもなく信頼できる範囲だ。
 それ以上は言葉が必要になり、情報処理が必要になる。信頼を担保しているのは共鳴集団であり、150人までの集団だ。
 教育は、知識の差があることを教える側、教えられる側が理解し、差を埋めたいとどちらも思っているから起こる。人間以外では類人猿しか起きない。相手の気持ちが分からないと、相手の知識の程度が分からない。
 チンパンジーは知識の差を理解し、知らないチンパンジーに知らせられる。サルにはできない。
 人間は家族と地域社会を組み合わせ、社会を作ってきた。地域社会は、家族と違う論理で成り立ち、えこひいきができない。共感能力を最大限発揮しないと保てない。そのために、共同の子育てが必要になり、教育が必要になってくる。
 子育ては時間がかかり、機械化できない。サルの社会は勝ち組が独占する原理だが、人間は優劣のみで集団原理を作ってはやっていけない。
 コミュニケーションの方法が変わり、ITという新しい技術を使い切れていない。情報交換できる相手は広がったが、信頼できる関係が広がったわけではない。
 大学は教育と研究をするところで、教科書はなくてもいい。まだ分かっていないことを理解し、考えることを教える。京都大学は、対話を重視した自由の学風を生かして教育をやっていく。
(大辻 一晃)

 講師略歴(講演時)=19522月東京生まれ。京都大学理学部卒業、京都大学大学院理学研究科修士課程修了、京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定退学、理学博士。㈶日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、京都大学大学院理学研究科助教授、同教授などを経て201410月から京都大学総長。専門分野は、人類学・霊長類学。
 アフリカ各地でゴリラの行動や生態をもとに初期人類の生活を復元し、人類に特有な社会特徴の由来を探っている。日本霊長類学会会長、国際霊長類学会会長を歴任。日本アフリカ学会理事、環境省中央環境審議会委員、日本学術会議会員。
 主な著書に、『家族進化論』(東京大学出版会)、『ゴリラ』(東京大学出版会)、『暴力はどこからきたか』(NHKブックス)、『サル化する人間社会』(集英社)、『ゴリラは語る』(講談社)などがある。