党内に異論・反論が出なくなった自民党 メディアは安倍政権への賛否を鮮明にした報道を

229回 2015723

東京大学名誉教授
御厨 貴 氏
「戦後70年に問う 政治の矜持、メディアの気概」

安倍政権はどう見たらいいか難しい。この半年を振り返って、言葉が軽くなったなという印象だ。
 安倍さんは勇ましい言い方を好むが、新国立競技場の件ではデザイン案を撤回することはないと言いながら、あっさりとひっくり返した。しかし理由は説明しない。
 集団的自衛権についても、腹を抱えて笑ってしまうようなたとえをする。そもそも国民に分かってもらわなくてもいいと思っている。とにかく説明した、と。国会で多数を握っているから、政権の本音は言いたい人に言わせ、自分は言わずに片付ける。
 安倍さんは祖父・岸信介の背中を追っていると度々報道されているが、私は違うと思う。安倍さんは2度総理になり、そろそろ自分が祖父を抜きつつあると思っているのではないか。そうした角度で見ないと、彼の自信を解くことはできない。

 今年3月に取材した際、安倍さんはこう言った。
 第1次政権のときはすべてに余裕がなく、官邸に入ってくる情報にいちいち動揺した。2度目でようやく官邸が自分のものになった。官邸に持ち込まれる情報への対応は危機管理。自分としてはきちんと処理できるようになった。戦後、こういう総理はいなかったと思う。

 その自信が、ある種の感覚の鈍さにつながっているように思う。
 安倍さんのイデオロギーはかつて自民党内で問題視され、歯牙にもかけられなかった。しかし今、党内に浸透し、驚くことに宏池会の人たちでさえまじめに考えようとしている。
 ある人は安倍のイデオロギーはどうでもいい。集団的自衛権以外は全く了解できないが、反論はしない。すれば間違いなく政権は崩壊すると話した。政権の存続自体が優先され、だから党内から異論や反論が出てこない。
 公共工事が減り、自民党は利益配分の党ではなくなった。そこで、イデオロギーや歴史認識でまとまろうという雰囲気が出てきた。戦前に似てきたと批判するのは簡単だが、自民党が利益配分に代わるアイデンティティー探しに入ったという視点も必要だ。
 党内に異論や反論がないから政治が場当たり的になり、自損事故を起こす。今後も起こし続けるだろう。また、安倍さんほど後継者を考えていない総理は珍しい。統治者としては決定的な弱点だ。現政権には今しかない。国の将来像に対する発想がない。戦後70年談話にしても、議論が深まらず方向性が見えなくなっている。
 それだけに、メディアは安倍政権への賛否をはっきりさせて報道する姿勢が大切だ。ポスト安倍はどのような政権がいいのか、シミュレーションも必要だろう。
 安保法制をめぐる報道を見ていると、長年この手の議論をしてこなかったと痛感する。説明しようとする側も反対する側も空回りし、かみ合っていない。同じ土俵で踏み込んで議論しないと、この先の展開は難しい。
 政府の側も軍事に関してぎりぎりまで情報公開する必要がある。今は情報を隠し、極めていい加減な対応をしている。血が出るような議論をしないと次がない。下手をすると、どちらかの主張に巻き込まれる危険もある。そうならないためには理論武装しなければならない。私自身、そう考えている。(小林 由佳) 

講師略歴(講演時)=1951年東京生まれ。東京大学法学部卒業。専門は近代日本政治史、オーラル・ヒストリー。東京都立大学教授、政策研究大学院大学教授、東京大学先端科学技術研究センター教授などを歴任し、2012年より放送大学教授と東京大学先端科学技術研究センター客員教授、13年より青山学院大学特別招聘教授を兼務。TBS『時事放談』キャスター。
 著書に、『権力の館を歩く』(毎日新聞社)、『政治へのまなざし』(千倉書房)、『政治の終焉』(NHK出版)、『政権交代を超えて政治改革の20年』(岩波書店)、『知の格闘掟破りの政治学講義』(筑摩書房)、『日本政治 ひざ打ち問答』(日本経済新聞出版社)、『安倍政権は本当に強いのか』(PHP新書)などがある。