どんな患者にも対応できる方法を早く確立したい 患者さんの願いの切実さは、経験からわかる

232回 20151125

理化学研究所多細胞システム形成研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
高橋 政代 氏
iPS網膜移植から1年 今後の可能性と限界


iPS細胞を使った網膜移植手術を行ったが、私の構想は《再生医療》だけにとどまらず広く《医療》そのものにまで広がっている。
 最先端医療の研究は化学だけではなく細胞・遺伝子・疾患治療、それにビジネスに至る広い範囲の理解がないと通貫できない。
 日本は基礎研究にはお金を使うが応用・実用化に弱いといわれる。応用研究へのベクトルを強めて実用化へのスピードをアップさせなければならない。
 ES細胞は受精卵から作るため宗教的な理由などからの拒否感があった。また他家移植となるため再生医療に使おうとすると免疫拒絶反応のリスクもある。
 山中教授の製造したiPS細胞は作り方も安全で、他人の犠牲なく移植を可能とする。
 2014年9月、加齢黄斑変性の患者へのiPS細胞を使った最初の移植に際しては、拒絶反応と腫瘍化のリスクの有無を徹底的に検証したうえで踏み切った。
 iPS細胞由来の網膜色素上皮シートも狙った部分に移植でき、一年後の安全確認も確信できた。
 シートの移植の場合は網膜を切る必要があるが、切らずに穴をあけて粒上の網膜細胞を注入する方法も考えられる。症例によって手術の方法を選べるところが再生医療のメリットだ。

 ただ自家移植の色素上皮シートは《F1カー》。金がかかりすぎる。
 山中教授のアイディアで、白血球が同じ型の人同士のiPS細胞を使った他家移植も可能で、この方法なら年間数百例の手術も可能だ。実現へのコンセンサスを待っている。
 また《他家浮遊液》という方法も企業による治験中。
 どんな患者にも対応できる方法を早く確立したい。患者さんの願いの切実さは、長年の外来医としての経験からわかる。研究者は《リスクがゼロ》を志向するが、患者さんの中にはリスクを引き受けてでも症状を改善したいという願いを持っている人もいる。
 iPSによる再生治療については、遺伝子変化の危険性という問題提起が新たになされ議論が混乱している。そのため二例目については控えている状態だ。
 患者が再生医療に過度な期待を寄せるケースもある。再生医療の限界もきちんと伝えていかなければならない。
 また再生医療はリハビリとセットとなることも必要だ。積極的な生活や就労を可能とする《ロービジョン・ケア》の見地から、神戸市などと一緒に《アイ・センター》を構想している。
 日本の医療が誇ってきたコスト・クオリティ・アクセスの三者を満たす構図はすでに崩れている。ここに《患者の満足》という視点を加え、新たな医療の形を構築する必要がある。
 《アイ・センター》をとおして、新しい医療の実験をしたいと考えている。(近藤 五郎)

 講師略歴(講演時)=1961年生まれ。大阪府出身。86年京都大医学部を卒業、92年京大大学院医学研究科博士課程(視覚病態学)修了。京大付属病院眼科助手、米サンディエゴのソーク研究所研究員、京大付属病院探索医療センター開発部助教授を経て、2006年に理化学研究所の発生・再生科学総合研究センター・網膜再生医療研究チーム・チームリーダーに就任。12年から組織改正により、網膜再生医療研究開発プロジェクトリーダー、14年から現職。
 149月、目の難病の加齢黄斑変性の患者にiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った網膜移植を世界で初めて行った。同年、英科学誌「ネイチャー」の「今年の10人」の1人に選ばれた。治療だけでなく、眼病患者の就労を後押しする公益社団法人「NEXT VISION(ネクスト ビジョン)」の設立発起人となるなど、患者の社会復帰にも意欲を燃やす