素粒子物理学者として得た(成功への)教訓は、 「正規軍」と「ゲリラ部隊」を併用することだ

233回 20151216

神戸大学学長
武田 廣 氏
「素粒子物理学から大学経営へ 苦闘する国立大学法人」

  私の専門は素粒子物理学。海外の研究施設で、小柴昌俊先生の下で働いた。小柴先生は西ドイツでの国際共同実験が成功を収めると、気を良くして、「おれは自分のやりたいゲリラ戦をやる」と言い残して日本に行った。実験の変更などもあったが、超新星爆発からのニュートリノ観測でノーベル物理学賞受賞に至った。一方、私を含む正規部隊は素粒子の標準模型の精密検証にさまざまな成果を挙げた。
 素粒子物理学者として得た教訓は、正規軍(まず間違いなく成果が出る研究)とゲリラ部隊(何が出るか分からない研究)を併用すべきだということだ。遊びがないと成果が出ない。2、3年での成果を求めてはならない。若いときに世界を見るべきだ。最後に強運や悪運も必要だ。
 本題の「苦闘する国立大学法人」に入る。今年4月から学長を引き受けた。内情を話す。平成16年に89の国立大学が法人化された。現在は86法人。大学の自由度が増えるとの期待感があった。
 しかし、基盤的経費である運営費交付金が年1.3%削減され、12年間で15%減。30億円を削られた。
 代わりに、競争的外部資金の獲得を目指したが、教育・研究の時間が減り、大学のパフォーマンスが下がり、世界大学ランキングで低迷した。論文の数が減った。大半の外部資金はプロジェクト型補助金で、事業終了後のフォローアップは大学で負担している。
 年1%の総人件費削減の枠もはめられ、毎年教員7名の削減をした。12年間で84人。常勤若手研究者が減少した。全国的傾向で、憂慮すべき事態だ。
 産学連携が推奨され、企業との共同研究などで収入の増加を求められた。そこで、哲学や素粒子物理学といった基礎的学問の維持の問題がある。光はまだ見えない。
 2526年、全国86大学に、文部科学省主導で、「ミッションの再定義」なる作業が行われた。怖い文言が人文・社会系の分野に挿入された。「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に取り組むべきではないか」だ。その後、文科省通知で明言され、人文・社会系の軽視だとの反論が出た。文科省は「誤解」として、修正しない。
 文科省は3つの類型からひとつを選べとも求めた。地域密着型が教育大学など55大学、地域貢献プラス特色型が芸術大学など15大学、世界水準の教育研究が16大学で、神戸大学は3つ目に入っている。
 神戸大学は研究大学として生き残れるか。11学部、14研究科の総合大学だ。学生・院生は約1万6000人、教職員は約3600人。社会系に伝統があり、伸びてきた理系分野との組み合わせが焦点だ。文理融合で新領域開拓の可能性がある。
 神戸大学の「方向性」は、伝統を発展させ、連携・融合の力を発揮する卓越研究大学として世界最高水準の教育研究拠点を構築し、現代と未来社会の課題を解決するための新たな価値の創造に挑戦するである。
 機能強化の取り組みで、4つの柱がある。①科学技術イノベーション研究科を設立する②国際文化学部と発達科学部を統合する③社系3部局によるグローバルマスターコースで、エリート教育をする④学長のリーダーシップを確立するだ。
 学部統合で、29年に国際人間科学部(仮称)を設置する。環境、災害、紛争などの課題を解決できる実践型グローバル人材の養成を通じ、持続可能な共生社会の実現を目指す。
 教育研究力は一朝一夕に改善しない。世界水準の研究大学になるという意識共有、目標実現のためのインフラ整備に努めたい。ご支援をお願いしたい。
(田畑 裕)

 講師略歴(講演時)=1949年愛媛県生まれ。72年東京大学理学部物理学科卒、77年東京大学大学院理学系研究科博士課程単位修得退学。理学博士(東京大学)。専門は素粒子実験物理学で、東京大学理学部附属素粒子物理学国際協力施設助手、同素粒子物理国際センター助教授などを経て、89年神戸大学理学部教授に就任。
 西ドイツ(当時)のDESY研究所で約6年間、スイス・ジュネーブの欧州素粒子物理学研究所(CERN)で5年間の研究生活を送り、欧州物理学会特別賞受賞などの研究実績をあげた。神戸大学教授就任後は、質量の起源であるヒッグス粒子発見につながった加速器実験「LHC計画」に参加。神戸大学は武田学長のリーダーシップのもと、宇宙の物質・エネルギーの大半を占めていながら正体が不明の暗黒物質・暗黒エネルギーの探索など、宇宙や物質の起源解明を目指す研究に取り組んでいる。
 研究担当理事・副学長を6年間務め、今年4月、学長に就任。「先端研究・文理融合研究で輝く卓越研究大学へ」とする武田ビジョンを掲げ、世界100位国内5位の研究大学を目指している。