日本には核・ミサイル問題の当事者という意識が必要だ

第257回 2018年4月19日

立命館大学客員教授 元外務事務次官
薮中 三十二みとじ
「緊迫する国際情勢と日本外交」

 北朝鮮情勢と20〜30年間、つきあっている者からすると、本当に大変な時期だ。これから2、3か月を考えると歴史的な展開となるかもしれない。
 トランプ大統領が(金正恩委員長に)「俺は会うぞ」と(簡単に)言ったが、あれは無茶苦茶。アメリカの大統領が1対1で会うというのは、北朝鮮に対しての最大のカードだ。また、一番衝撃的だったのは、「実はいま朝鮮半島は戦争状態だ。誰も知らないだろうが、休戦状態にあるのを終結させる」とトランプ大統領が言ったことだ。休戦協定や平和条約を結びたいというのは北朝鮮の願いだ。平和条約の話になると、在韓米軍の削減や在日米軍にも飛び火することがありうる。さらに、驚いたのは、韓国と北朝鮮にその話をさせるという。まさに混沌のホワイトハウスだ。普通なら事前に事務折衝があって、親分同士で次に何を話させるかを話し合う。ところがいま国務省には北朝鮮を知っている人がいない。CIAで外交ができたら国務省は要らない。ポンぺオ氏が外交に慣れ、相場観があるのかどうか疑問だ。
 今回の日米首脳会談で大事だったのは、安倍首相がどこまで徹底的にトランプ大統領の頭に(北朝鮮との交渉の課題を)叩きこんだのかということだ。安倍さんだったら、「You are fired(おまえはクビだ)」と言われても大丈夫。繰り返し安倍首相が強調していた言葉に、CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)が出てくる。「ICBMだけではダメですよ。アメリカ本土は大丈夫になっても、日本はダメですから」と頑張った。もちろん、決定的に大事な拉致問題も。 
 メディアにお願いしたいのは、核・ミサイル問題は、日本が当事者だということを、もっと盛り上げて報道していただきたい。日本は当事者だという意識が必要だ。1994年の協議は米朝だけで、日本はホテルの廊下で待っていて、出てくるアメリカの担当官に話を聞いた。2003年に始まった6者協議からは日本は完全なメンバーとなった。トランプ大統領はなんでも2国間がいいと言うが、圧倒的に6者協議がいい。その下で米朝、日朝の協議を行う。
 かつて2005年9月に6者協議によって核廃棄合意に至ったが、翌年に北朝鮮が核実験をしたことがあった。ウソをついたというのは簡単だが、何があったのかの検証が必要だ。実は、6者協議の方では北朝鮮に核放棄で合意させたのだが、同じ月に、たまたまもう一つ走っていた案件があった。それが金融制裁だった。アメリカの財務省が北朝鮮のマネーロンダリングを調査していた。普通は(6者協議と)調整すべきだが、バンコデルタアジアに2500万ドルの現金があるとして、北朝鮮の金をおさえた。そこで金正日氏がどう考えたか…。
 (米朝首脳会談の前に)金正恩委員長が突然、中国を訪問した。どっちが仕掛けたのかよくわからないが、どっちによりメリットがあったか。一般的には北朝鮮と言われるが、4分北朝鮮、6分中国だ。習近平主席は、金正恩委員長について苦々しく思っていた。しかし、このまま南北、米朝が走ると、中国の居場所がなくなることを恐れた。中国は6者協議をもう一回やってもいいと言い始めている。自分たちの席取りをしたいためだ。外交というのはそんなものだ。席が無くては、外から何を言っていても隔靴掻痒だ。重ねて言わなければならないのは、日本も当事者だということ。6者協議でも外相会議でもいいが、当事者となる外交的工夫が必要だ。(藤田 貴久) 


講師略歴(講演時)=1948年大阪府生まれ。大阪大学法学部在学中に試験に合格し、69年外務省入省。韓国、インドネシア、米国で勤務後、北米第二課長で日米経済摩擦問題を担当し、日米構造協議を含む経済交渉に臨む。国際戦略問題研究所主任研究員(ロンドンIISS)、ジュネーブ代表部公使、大臣官房総務課長を歴任後、アジア局審議官を経て、在シカゴ総領事。2002年からアジア大洋州局長。北朝鮮の核開発問題などに関して協議を行う6者(6カ国)協議の首席代表を務め、日本人拉致問題の交渉でも最前線に立った。外務審議官(経済担当・G8サミット・シェルパ)、同(政務担当)を経て、2008年に外務事務次官に就任。2010年外務省退官後、立命館大学特別招聘教授を経て客員教授、大阪大学特任教授。2013年から世界で通用する人材の育成を目指す「グローバル寺子屋薮中塾」を主宰。論理的な議論を磨く場を設けている。

 著書に『対米経済交渉』『国家の命運』『日本の針路』『世界に負けない日本』『トランプ時代の日米新ルール』『核と戦争のリスク(共著)』