読売・原田氏、NHK・足立氏、朝日・勝田氏が報道機関の役割を議論
コーディネーターは小池・関学大教授
5月27日に開いた大学シンポジウム「デジタル時代のジャーナリズム」第1部では、コーディネーターの小池洋次・関西学院大教授の進行で、朝日新聞報道局ソーシャルメディアエディターの勝田敏彦氏、NHK報道局遊軍プロジェクト副部長の足立義則氏、読売新聞東京本社メディア局編集部長の原田泰久氏の各パネリストが現在の仕事や課題について報告。第2部では、参加者の質問に答えながら、メディアの今後のあり方などについて意見交換をするパネルディスカッションを行った。(堀田 昇吾、竹村登茂子)
第1部・報告
小池教授 現代社会でデジタル化、ICTがもたらす変化は大きく、一つの産業が吹っ飛んでしまうくらいの影響が出ている。メディアにもその波が訪れており、期待と不安が交錯している。メディアにとってはチャンスかもしれないし、民主主義を支えてきた重要な機能が失われていく危機かもしれない。今日の議論を通じて報道機関の役割とは何なのかも改めて探っていきたい。
□徹底した記者教育と信頼される報道を
原田氏 現代は情報洪水の時代と呼ばれ、インターネット上で取り交わされる情報量は急激に増えている。毎年の変化をグラフ化すると、近年は右肩上がりどころか、ほぼ垂直に上がっている。メガ、ギガよりずっと多いゼタ(ZETA)という単位用語がある。1ゼタは世界中にある砂浜の砂粒の数と同じくらいといわれる膨大な数だが、2020年に世の中に出回る情報量は35ゼタバイトくらいになるだろうと予測されている。私たちもその砂粒の一つに過ぎない。砂イチの時代にいかに私たちの情報を見てもらうか。これは大変な作業だと思って、緊張感を持って仕事をしている。
世論調査をすると、既存メディアの情報への信頼度が落ちている。ネットの情報への信頼度も下がっている。ネットが普及し、自由に情報が発信でき、安価に情報を得られる時代だからこそ、まだ高い新聞への信頼を維持しなくてはいけない。デジタル時代こそ、徹底した記者教育と信頼される報道をする努力を怠ってはいけない。
読売新聞はかつて「iPS細胞を使った世界初の心筋移植手術を実施」という誤報をした。これもきっかけとなって2013年に社内に記者塾、2014年には適正報道委員会をつくった。記者塾は新人記者の研修をする組織で、3か月間、取材源の秘匿や報道の自由などジャーナリズムの原則を徹底的に教える。記者としての背骨を作ってから世に出そうという考えだ。
適正報道委員会は調査報道とかスクープ取材をしている時に、取材源や取材の手順、取材源との関係、どこまで裏を取っているか、思い込みがないか、扱いは適切かなどをチェックしている。メモ、取材源を出させたりする権限まで与えられている。特ダネは事実関係の確認が難しい。裏取りの際に他紙に漏れたりするので、自分で情報を囲い込みがちだ。スクープになった群馬大学病院の腹腔鏡手術の死亡もこの委員会にかけ、全部検証した上で世に問うた。こういう取り組みは新聞社、新聞記者も守るし、読者の知る権利を守ることにもつながる。
メディアに対するいいイメージはスマホの普及とともに下がっていった。その伸びが収まると、人々はスマホという箱ではなく、その中身を問うようになる。新聞やテレビは情報の質をゆるがせにしない自らの良さ、特長をアピールしたらいいと思う。
□伝えるだけではだめ、伝わる報道でなくては
足立氏 今、ソーシャルリスニングチーム、SOLTと呼ばれる組織を運営している。24時間365日、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアをウオッチしている。事件事故や災害、話題、炎上事案などをいち早くつかみ、報道につなげる。もう一つ、ソーシャル発信である生活防衛ツイッターも運営している。こちらは主に防災に関する情報や消費生活に関する情報発信で、デマ情報の打ち消しもする。
こういう取り組みをしようと思った契機、転機がいくつかある。大きかったのは東日本大震災と原発事故だ。当時、私は科学文化部のデスクでツイッターの担当もしていた。視聴者の疑問が直接ツイッターに数千件も来て、臨時の視聴者対応窓口みたいになってしまった。その中にあったのが、知りたい情報をニュースは伝えていない、ニュースがよく分からないという不満だった。
「ただちに影響ありません」というと、大本営発表とか、報道に統制がかかっていると言われる。危機度が高い部分から報道するからそうでない細かな情報は後回しになる。私たちが伝えることと、世の中の人たちが知りたがっていることにミスマッチが起こっていると感じた。世の中の疑問や不満はツイッター、フェイスブックに出てくる。それを感知しなければならない。
あと転機になったのが、子どもの保育所入所に落ちた母親が書いた「日本、死ね」というブログの問題。これが広まった一連の流れに既存のマスメディアは登場しない。まずブログがあって、それをヤフーニュースが書いて拡散した。国会で議員が質問すると、「誰が書いたか分からない」とヤジが飛んだ。すると、国会前で抗議活動が起き、やがて待機児童対策が打ち出された。
待機児童の問題はNHKも新聞もさんざん伝えてきた。でも、伝えるべき層に伝えられていなかったという反省がある。どうすればいいのか。こうした層はニュースや新聞記事で行動するというより、友人の投稿を知って行動する傾向がある。シェア層の拡大と呼んでいるが、情報をシェアする層に伝わる報道、より細かな疑問に答える報道、不公平感を持つ層には既得権益に切り込んでいくような報道が必要だ。伝えるだけではだめで、伝わらなきゃだめだ。
ただ、ネットの情報をもとに記事を書くことは誰でもできるので、若い記者には人と人との関係の中で情報を取ってくる難しさ、面白さを学んでもらいたい。特ダネの持つ意味を質問される時によく引き合いに出すのが、1995年元日に読売新聞が掲載した山梨県の山麓でサリンの残留物を検出したというスクープ記事。このスクープでオウムが大量のサリンを処分しなければ、もっと多くの犠牲者が出たかもしれない。若い人にはデジタルは大事だけど、こうしたネタを取ること、スクープの価値を考えながら仕事をしてくださいと言っている。
□デジタルによってニュースを発見し、わかりやすく表現できる
勝田氏 デジタル時代に新しい技術を使うことで何ができるかを紹介したい。コンピューター、ネットが可能にすることは大きく分けて2つある。一つはニュースを発見すること、もう一つはニュースをわかりやすく表現することだ。ニュースを発見する例では、パナマ文書がある。パナマにある法律事務所から世界中のお金持ちが税金逃れをやっていたという膨大な記録が流出し、南ドイツ新聞に持ち込まれた。
しかし、あまりにも量が多すぎて、南ドイツ新聞だけではとても処理しきれない。2015年にアメリカ中心の調査報道組織ICIJに南ドイツ新聞から「こんな資料がある」と持ち込まれた。データの情報量は2・6テラバイト。文書の数は1150万件。英語だけではなく、様々な言語、中国語、日本語で書かれたものがあった。
全世界の70以上の国の報道機関、400人くらいのジャーナリストが参加し、調査した。これだけ膨大な量のデータ分析はコンピューターがなければできなかった。使ったのは日本の証券監視委員会や警察も採用しているという特殊な検索ソフト。デジタルデータを調べ、秘密情報、重要な事実を明らかにして、抽出する機能がある。
朝日新聞には2016年1月に「やりませんか」という問い合わせがあり、同僚が調べ始めた。発表日が4月3日に設定されたので作業できたのは3カ月。ひたすら名前や住所を打ち込んでいった。日本関係では企業や芸能人の名前があった。世界では首脳の関係者、例えばプーチン、習近平の関係者らの名前があった。違法ではないが、どうかなという事案がいっぱい出てきた。アイスランドでは首相が辞め、ヨーロッパでは大問題になった。コンピューターを使っても情報の価値判断をするのはあくまで人間だ。パナマ文書の分析は最新のデジタル技術を使った現代的な報道だった。
わかりやすい表現をする実例として朝日新聞デジタルの介護保険の特集を紹介したい。介護保険料は自治体によって3倍くらいの違いがある。それを調べ、検索すれば全国的なランキングが一目で分かるようにした。全国の自治体の介護保険料一覧表記なんて紙の新聞ではできない。データを加工して見やすい形にして提供できるというのはデジタル報道ならではの特徴といえる。
やってみてわかったが、介護保険の給付、つまり使った方は自治体によって7倍も差があった。沖縄県は介護保険を使っている人が多かった。理由は不明だが、調べたらそういうことが分かってきた。こういう報道ができる背景として、政府が様々なデータ公開を進めていることがある。公開データを使っていろんな分析ができ、問題提起する報道ができるようになってきた。
第2部・ディスカッション
□SNSの活用には濃淡
取材・報道での人工知能(AI)利用の実態や可能性についての質問に対して勝田氏は、「現段階で実際に記事の作成に使うのは難しい。写真で撮影したものを識別し、自動的にキャプションを付けるような支援機能は考えられる」と語った。足立氏は「AIではないが、地震発生時の定型記事の自動作成は以前から導入している」とした。一方、原田氏は「人間が書いているというところに読者は価値をもっていただいているのでは」と指摘。まだ手探り段階であることを印象付けた。
小池教授からは、デジタル化によって一人で何でもこなさなくてはいけなくなっている記者の労働環境や、SNSでの個人発信の基準について質問があった。
原田氏は「労働強化にならないようにして、やらざるをえない。ブログでもSNSでも、記者として発信する場合に記者倫理を守るのは基本」と説明。足立氏は「ガイドラインを設け、取材上知り得た秘密は出さない、言葉遣いや品性に気をつける、酔っぱらって書くな、夜中に書くな、といっている」とした。
勝田氏は「紙にも、デジタルにも、労働強化という声もあるが、若手にとってデジタルは手応えを感じられるメディア」と肯定的に受け止める一方、「個人の意見発信では社の考え方と違って良いと言っているが、質は担保しないといけない。一定の業績がある人にだけ許可されている」とした。
□フェイクニュースに既存メディアも自戒を
世界的に問題となっているフェイクニュースについて、原田氏は「原因の一つは、インターネット広告が、見られた分だけお金が入る仕組みになっていること。もう一つは政治的な意図で書く人がいること。ネット業界が規制を考えるべき時だ。新聞社は新聞社できちんと努力しつつ、ネットの適正化に我々の知見を伝えていかなければいけない」と語った。
足立氏は「たとえば移民排斥を訴える人に都合のいいフェイクニュースがあった際、『このニュースはうそだ』といっても効き目がない。フェイクニュースが受け止められる根本的な問題がある。そこから考えて行かないといけない」。
勝田氏は「既存メディアも透明性を持たないと信頼されない。間違えた時に我々が説明できないと、我々自身がフェイクの世界に入ってしまう。既存メディアも記事に対して説明できるようにならないと」と話した。
□ジャーナリズムの劣化を警戒
最後に小池教授から、新聞離れ、テレビ離れといわれる中での経営問題について質問があり、勝田氏は「非営利化する、というパターンもあるが、日本では寄付が文化としてなじまない。別事業で支える、ということもあるのではないか」とした。
足立氏は「テレビの存在は無くならないと思う一方、放送は変化していくと思う。ネット配信、同時配信にも力をいれている。2020年の前に本格化する、という議論もある」として、対策の必要性を指摘。原田氏は「アメリカでは、ジャーナリストの監視が無くなった地域で様々な不正が起こっている。不動産で儲けてジャーナリズムにつぎこむのでもいい。何とかジャーナリズムとしての力を落とさないよう、石にかじりついてもやっていきたい」と話した。
講師略歴(開催時)
勝田 敏彦(かつだ・としひこ)氏
朝日新聞社報道局ソーシャルメディアエディター
兵庫県出身。1989年京都大学工学研究科数理工学専攻修了後、朝日新聞社入社。横浜、札幌、週刊朝日編集部などを経て科学部へ。地震や計算機科学、移植医療などを担当。その後、科学医療部次長、アメリカ総局員、メディアラボ室長補佐を経て 2016年12月から現職。朝日新聞社編集部門のソーシャルメディア活用を進めている。
足立 義則(あだち・よしのり)氏
NHK報道局遊軍プロジェクト副部長
神奈川県出身。1992年慶應大学法学部卒業後、NHK入局。高知放送局、社会部、広島放送局、科学文化部、ネット報道部の記者やデスクを経て現職。専門は情報技術(IT)、サブカルチャー。現在は取材や番組制作、出演とともに、ソーシャルリスニングチームの運営、Webサイト制作やアプリ、ツール開発にあたる。バーチャルリアリティー(VR)や人工知能(AI)などデジタル技術の導入も推進。
原田 康久(はらだ・やすひさ)氏
読売新聞東京本社メディア局編集部長
福岡県出身。1987年上智大学文学部卒。読売新聞東京本社文化部、宣伝部、人事部次長、販売企画調査部長などを経て現職。文化部時代は主にテレビ、映画を担当。スタジオジブリの担当記者も務めた。日本生産性本部「職業のあり方研究会」委員(2009年から現職)。著書に「勝てるエントリーシート負けない面接テクニック」「すべらない就活」(いずれも中央公論新社)など。
小池 洋次(こいけ・ひろつぐ)氏
関西学院大学総合政策学部教授
和歌山県出身。1974年横浜国立大学経済学部卒、日本経済新聞社に入り、シンガポール支局長、ワシントン支局長、国際部長、日経ヨーロッパ(ロンドン)社長、論説副委員長などを経て、2009年から現職。著書は「アジア太平洋新論」(日経)、「政策形成の日米比較」(中央公論新社)、「Basic 公共政策学第10巻 政策形成」(編著、ミネルヴァ書房)