第248回 2017年5月9日
神戸大学大学院教授
簑原 俊洋 氏
「トランプ政権100日の総合評価と日米関係」
普通であれば、100日を過ぎた大統領は軌道にのっていて先が読めるものだが、トランプはそうではない。今までの物差しで測ると見誤る。
時代は変わった。現在の国際秩序に不満を持つ勢力が出現し台頭してきている。背景にあるのは、変容するアメリカ外交だ。オバマは「(米は)世界の警察官ではない」と発言し、世界に対する使命感を持たなくなった。トランプはさらに進め「世界の大統領ではない」と言った。トランプ劇場は100日を越えたが、メインステージはこれからで、アジアになると思う。秩序がシフトしていっていて、動乱期の時代に向っている。
私の造語だが「覇権挑戦期」の時代だ。アメリカの時代は終わっていないが影響力が相対的に減っているのは事実で、挑戦者のナンバーワンは中国。あとはロシア。今よく言われる言葉がツキデデスの罠。ハーバード大学のアリスン教授が提唱している言葉で、一理ある。歴史を見ると、挑戦者が台頭してくると国際政治は極めて不安定になっていくと。まさしく我々はそういった時代に入っている。
ではトランプについて深く見て行きたいが、行動を理解するためのポイントがある。それは、少数に選ばれた大統領であること。これがトラウマになっている。最高裁判事任命のルールを変更したが、今後連邦最高裁が政治色を帯びてきて、これがボディブローのように効いてきてアメリカの形を変えていく。
トランプは共和党を乗っ取っただけの大統領で、伝統派の共和党議員との対立が激しくなり、忠誠心が脆弱なためにホワイトハウス内の綱引き、内紛も起きる。支持基盤が弱いトランプにとって大事なことは、姿が見えることで、何かやっているモーションが大事。そのため100日までに32本の大統領令を出した。ここまで大統領令を出した大統領はいない。
では今の国際政治情勢と今後の日米関係をどう見るのか。中国は新秩序形成への意欲を持ち、大国として扱ってもらいたいと考えている。かつての東亜新秩序の東京を北京に換えるようなもので、30年代後半と似ているからこそ怖い。かつての日本と今の中国では実力が全然違う。秩序変更を実現できるポテンシャルを持っている。
北朝鮮に関しては、戦略的忍耐の終焉と予防的先制攻撃の可能性がある。トランプから見ると、ソウルが火の海になるのとアメリカの都市が脅かされるのは全然違う。少数に選ばれたものとしては、強く 動かなければと思うとすると、先制攻撃も選択肢としてある。実戦を想定した訓練になっていて、どこかで何かが変わった。
トランプは、最も歴史を知らない大統領で、アジアに関心ない。日本、アジアに対してつなぎとめる思いがない。安全保障と経済的利益をリンクしてくる可能性がある。最大のミッションはアメリカの経済的利益を担保すること。安全保障については、もっと要求してくるだろう。目に見える形での貢献を求めてくる。防衛費の増加は必至で、次は、痛みを分かち合うシェアリング・ザ・ペインだ。
日本について言うと、安全保障について、ここまでリアリズムのない国民はいない。今後日本が世界で大事な役割を果たすなら、責任ある大国として、日米関係だけではなく、世界の国々に対し能動的に外交を展開して欲しい。(藤田 貴久)
講師略歴(講演時)=1971年生まれ。米カリフォルニア州出身。
カリフォルニア大学デイヴィス校を卒業後、ユニオンバンクを経て、98年に神戸大学大学院法学研究科より博士号(政治学)を取得。
日本学術振興会特別研究員、神戸大学法学部助教授を経て、2007年から現職。
この間、ハーバード大学、カリフォルニア大学アーバイン校、クウェート大学、アイオワ大学、オックスフォード大学、ライデン大学、ストックホルム大学、ソウル大学などで客員教授を務める。専門は日米関係・日本外交・アメリカ外交(政治外交史)・安全保障。16年4月より世界的コンサルティング企業のKREABのシニア・アドバイザー。
主著に『排日移民法と日米関係――「埴原書簡」の真相とその「重大なる結果」』岩波書店、2002年(アメリカ学会清水博賞受賞)、『カリフォルニア州の排日運動と日米関係――移民問題をめぐる日米摩擦、1906~1921年』有斐閣、2006年、『「戦争」で読む日米関係100年――日露戦争から対テロ戦争まで』朝日新聞出版、2012年、本年4月にはThe History of US-Japan Relations: From Perry to the Present [editor], Palgrave Macmillan, 2017を刊行。