KPC大学シンポジウム 「ネット時代のマスメディア~その現状と未来」 “既存”メディアとネットのジャーナリストが激論  会員、大学生ら80人が参加

関西プレスクラブは2月27日、大阪市北区の常翔学園大阪センターで「ネット時代のマスメディア~その現状と未来」と題する大学シンポジウムを開催した。パネリストは朝日新聞論説副主幹の前田史郎氏、毎日放送ニュース統括デスクの三澤肇氏、ビデオジャーナリストで元立命館大学客員教授の神保哲生氏。コーディネーターは関西大学教授の白石真澄氏。大学生を対象にしたアンケートなどをもとに、ネットの活用、ネットの広がりに潜む問題点、マスメディアは今後ネットにどう向き合うべきか、といった点について論議した。マスコミや賛助会員の大学・企業の関係者と大学生ら約80人が参加した。

白石 ニュースをどのメディアから得ているかという質問を、全体が10になるように配分して回答してもらった。総合点が多かったのはテレビ・ラジオ、次がフェイスブックやライン、ツイッターといったSNS、次がインターネットのニュースサイト、その次が新聞、そして雑誌という順番だった。自社でのネットの活用事例とこの回答への感想を。

三澤 私のデスクの前にはネット空間で一つの言葉が連続して一定数以上出てくると知らせてくれる装置がある。例えば、梅田で事故、奈良で停電といった言葉が連続でつぶやかれると鳴り、行政当局などがまだ十分知らない段階で出来事を察知することができる。この装置で気づいて取材に行くことが最近珍しくなくなってきた。生放送の枠が増え、ネットで得た新しい情報を取り入れていかないと速報性で負けてしまう。一方、取材した素材をネットで送ることもある。新幹線で男が焼身自殺を図る事件が起きた際、クルーがたまたま乗り合わせていた。大きなテレビカメラは狭い空間では使いにくいため、iPhoneで映像を撮って乗客の話を聞き、それを無料通話アプリのラインで本社に送った。そうした状況で競争をしている。統括デスクをしていて、時代の変化を感じている。

前田 今年元日の朝日新聞の一面トップには、画像共有アプリ・インスタグラムの写真が大きく載った。18歳を取り上げる年間企画で、今年18歳に選挙権が与えられる中、新聞への接触率が低い若い世代にメッセージを発する実験的な試みだった。この企画は年配の方にはあまり評判がよくなかったが、ネットの世界では「おもしろい」という声が出ていた。全世代に評価される新聞を作るのは難しい。北海道の地域面でも18歳をテーマにした若い取材チームができた。まず新聞に載せ、それからネットという発想を変えて、まずはネットで発信するという試みもしている。手探りで試行錯誤している段階だ。週に何日も東京本社に行き何を社説に取り上げるか議論をしている。ネットの影響を感じるのは、ニュースの消費スピードが速くなっていることだ。甘利大臣の問題などは昔だったら一週間ぐらいは大きなニュースとして取り上げられたと思うが、今は半日くらいで消化されてしまう。人間の関心は受容できる容量が限られている。発信されるニュースは無尽蔵に増えていて、重要な問題までが消化不良のまま過去の問題にされていないかと危惧している。

神保 私はインターネットで視聴できる番組を制作している。伝送路というキーワードで今回のアンケート結果を見てみたい。新聞、テレビ、ラジオ、雑誌といったメディアは新聞配達網や放送電波などの伝送路を使って記事や映像のコンテンツを届けているメディアだ。インターネットが生まれるまでは、伝送路を持っている者がメディアだった。これまで伝送路は数が少なく、参入障壁があり、限られた人しかプレーできなかった。一方、ネットは誰でも参入できる伝送路だ。今回のアンケート結果は、オープンな伝送路(ネット)でメディアに接している人の数の方が独占的な伝送路経由でメディアに接している人より多くなっていると読み解くべきだ。既存のメディアは参入障壁に守られていたため、コンテンツを作るコストが高い。私たちの制作費は既存のテレビ局の100分の1くらいではないか。報道のノウハウを持ち、記者も多くいる既存のメディアは、クオリティーを保ちながらコストを削減し、ネット時代に適応して軟着陸するようにしていかねばならない。

白石 メディアの役割として、知らせるべきニュースを送り手の側が価値判断して提示をしていく、議題設定機能がある。昨年国論を二分するテーマとして、安全保障法制があった。アンケートでは、安保法制を考えるうえで影響され、参考にしたメディアは何かという質問もした。一番がテレビ・ラジオ、次が新聞で、神保さんの言葉を借りれば独占伝送路系のメディアが多かった。「新聞もテレビも、賛成側と反対側のバランスを取って、有識者の声の紹介も公平性が期されていた」という評価がある一方、「テレビ報道は断片的」「社説は論評なので参考にしない。客観性のあるニュースを重視して読む」という声もあった。

三澤 安保法制はテレビ的には映像化しにくい難しいテーマだった。NEWS23で相当な回数、シリーズ企画をやった。在阪局として関与は限られたが、いかに多様な声を盛り込んでいくかを考えた。元自衛隊員が実はこう考えているとか、元官房長官がこんなことを言っているとか、そういったものを入れていった。参院の特別委員長をしていた鴻池祥肇委員長は委員長になる前、「丁寧に審議をしなくちゃいけない。2,3国会くらいまたがないと成立しない」と話していた。強行採決に踏み切った後で「やはりああいう形でしか決められなかったということに対して非常に反省しています」と言われたことが印象に残っている。この話は安保法制の審議のありようを物語っているように思う。

前田 中立、偏向とは何なのかを考えていただきたい。中身が一緒だったら新聞は一つでいい。憲法改正で改正試案を出す新聞社があり、安保法制は憲法違反であるとして反対の論陣を張る新聞もある。それぞれの立場で自由に言論活動を展開している。それが自由な社会における偏りのない言論活動だ。提言とか批判、主張を繰り出していくのが民主主義社会の言論メディアのあり方として健全であって、それがメディアの役割だと思う。ブログも参考になったという意見があったが、人は自分の考えに近い情報、似た考えを持つ情報をいい意見、いい情報と思う習性がある。ネットで、意見を探してそれに同調する一方、異なる意見にはあまり目を向けない。結局、自分中心の情報空間に閉じこもって蛸壷化してしまう。Aという意見とBという意見が完全に分断され、お互いに話を聞こうとしない。そういう社会は一方的で極端な意見に陥りやすい。ネット社会が持つ危うい側面だと思う。

神保 今の既存メディアはある意味気の毒な立場に置かれている。既存のメディアは自分たちが言論を背負っていると思っているから、バランスを取り、偏ったことは言えない。しかもテレビは放送法のしばりがある。真ん中に立つと、当たり前だが、左右両方から叩かれる。日本では既存のメディアの影響力がまだ圧倒的に強い。今後既存メディア以外に多彩なメディアが出てくると、言論状況は多様になるのではないか。

白石 今の学生は何かを調べるのに図書館で文献を探したりしない。みんなスマホを取り出して調べ始める。リポートの最後には、参考文献の代わりにネットのURLが書いてある。ニュースでも何でも若い世代にとってはスマホやタブレットが最初に接触するファーストスクリーンになっていて、何でもそこを通して入ってくる。

三澤 作ったニュース番組がネットで流れるが、見る人は細切れで見ている。スタジオでの解説とかキャスターの言葉の部分は見ない。ニュースの内容を補正するのがスタジオであり、全体の構成なのだが、我々の意思はネットの中では表現できない。最近、会見などのライブが多くなっている。垂れ流すだけではだめなので、ニュースの目利きによる解説も加えなければいけない。スタジオとライブの併用で立体的に見せようとしている。

前田 私たちはアナログしかなかった時代を経験し、それからネットの時代に入ってきた。ところが今の若い人はもう生まれた時からデジタルだ。昔、インタビューは直接会いに行き、表情や様子まで見て、そのすべてを基本情報として読者に届けようとしていた。何が起きているのか、発言の裏に何があるのかを、地を這うように取材していくことがないと、報道の仕事は成立しないと根本のところでは思っている。

神保 大臣会見がオープンになったので僕らも会見に出られるし、政治報道ができるようになった。ただ、ネットニュースの多くは取材も何もしていない。既存のメディアが出す情報に依存してやっている。既存のメディアで人が足りなくなったら、取材がどんどん弱くなる恐れがある。今までは送り手がある程度バランスを取っていたが、一般の人が自分から情報を取りに行く時には、気をつけないと偏った情報を取る恐れがある。我々の社会は今後、かなり偏った政治的な選択をしてしまうなど、相当痛い目にあうかもしれない。

 パネリストの論議の後、大学生からの質問を受け付けた。

 「メディアリテラシーが重要という指摘があったが、それを担うのは、報道機関なのか、教育機関なのか」(同志社大)、「若者のメディアリテラシーの問題を言われたが、年配の人にはリテラシーがあるのか」(神戸大)、「ジャーナリズムでの仕事に興味があるが、理科系の学生は求められるか」(大阪大)といった質問が出された。(堀田 昇吾)

講師略歴
 
前田 史郎(まえだ・しろう)氏
 朝日新聞論説副主幹。1983年入社、神戸、広島支局をへて、東京、大阪の社会部で大阪府警や調査報道班、厚生省などを担当し、行政や防災、核問題等について取材。2000年に社会部デスクとなり、大阪・社会部長、同編集局長補佐などを歴任した。その後、論説委員として大阪維新の会や原発問題の社説を担当、編集委員時代には長期連載「プロメテウスの罠」で福島の復興や原発政策を追い、気象予報士として災害記事も執筆した。151月から現職。著書に『核兵器廃絶への道』(共著、朝日新聞社、1995年)など。

三澤 肇(みさわ・はじめ)氏
 毎日放送(MBS)ニュース統括デスク兼VOICE金曜解説担当。1970年 奈良市生まれ。94年関西学院大学経済学部卒、同年、毎日放送入社。97年にMBSナウキャスター、2006年に報道局内勤遊軍、07年にN23キャスター、09年に大阪府政担当キャップ、11年ドイツに赴任しベルリン支局長、15年から現職。現場記者として大阪教育大学池田小事件の遺族取材や、神戸の少年A事件の遺族取材や調査報告書の独自入手など最前線で活躍。ベルリン時代は、欧州の脱原発取材、ギリシャの財務危機などをテーマに取材活動を行った。

神保 哲生(じんぼう・てつお)氏
 1961年東京生まれ。中学卒業と同時に渡米し、ニューヨーク州の高校に入学。コロンビア大学入学後一時帰国し、国際基督教大入学、85年卒。その後コロンビア大に戻り、ジャーナリズム大学院修士課程を修了。ボストンの日刊紙、AP通信などの記者を経て94年独立、撮影から取材・編集までのテレビ制作の全工程を一人で行うフリーのビデオジャーナリスト活動に入る。9911月、日本初のニュース専門インターネット放送局「ビデオニュース・ドットコム」を開局。制作したドキュメンタリーは『地雷廃絶への道』(NHK1998年地球環境映像大賞受賞)など多数。著作も『ツバル地球温暖化に沈む国』(春秋社、2004年)など多い。

白石 真澄(しらいし・ますみ)氏
 関西大学政策創造学部教授。1958年生まれ、大阪府出身。87年 関西大学大学院修士課程・工学研究科・建築計画学専攻、修了。㈱西武百貨店、㈱ニッセイ基礎研究所主任研究員を経て、20024月より東洋大学経済学部社会経済システム学科助教授 、064月に同教授。074月から現職。専門テーマは「バリアフリー」、「少子・高齢化と地域システム」。著書に「少子社会への11人の提言」(共著、ぎょうせい、2000年)、「先端技術の開発と政策」(共著、NTT出版、2006年)など。