第236回 2016年3月8日
大阪大学総長
西尾 章治郎 氏
「大阪大学データビリティフロンティア構想~ビッグデータ時代における挑戦」
現在はビッグデータ時代と言われ、超大量のデータを社会的課題の解決、産業の振興、学術の推進にいかに活用するかが問われている。私の専門分野はデータ工学であり、30年近く前に将来のビッグデータ時代の到来を予測し、「データマイニング」に関わる研究を国内で先駆的に立ち上げ、その研究を深め広めることに尽力してきた。超大量データの中から、きらりと光る規則性やルールを導き出すデータマイニングの手法は、現在、インターネット上の検索システムをはじめ様々な分野で応用されるまでになっている。
では、このような情報技術を駆使して、次世代の情報社会はどのようになるのだろうか。携帯端末等で情報を送受信する「ユビキタス情報社会」から、近い将来、情報機器がユーザの体調や嗜好を察知して自律的に働きかける「アンビエント情報社会」に移行すると確信する。アンビエント情報社会を構築するためには、情報分野の根幹をなすハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク関係のすべての技術を総動員する必要があり、その開発に向けた技術を高める必要がある。
さらには、情報技術だけでなく、情報、生体、認知をクロス(交差)していくことも重要だ。日本の情報通信分野の国際競争力の低迷の要因として、「もの・システム」づくりにおいてユーザ視点に立ったイノベーションが実現できていないという指摘がある。真のイノベーションを起こすには、ユーザのことをもっと知ることが大切であり、脳・認知のダイナミクスを知ることが重要だ。今後、生体のダイナミクス、および情報を受け取り、理解し、生み出す人間の高次脳機能に関する認知のダイナミクスを、情報のダイナミクスと有効にクロスすることが非常に重要になると考える。柔軟な適応力をもつ生物システムに学ぶことによって、行動の予見が困難な人間や動的変化の激しい大規模情報システムに適応できる「真のアンビエント環境」の構築が可能になると思う。
社会に目を移せば、私たちが抱える困難な問題の多くは様々な要因が複雑に絡み合って生じていることがわかる。産業構造も、垂直統合から水平統合へと、オープン化が急速に進んでいる。
一方で、大学も次なる変革の時期にきており、新たな役割を果たすことが社会から求められている。その実現のためには、「What to do」、「Why we do」を社会とともに創造する大学へと変革を遂げる必要がある。この次世代の大学モデルを「University4.0」と位置付け、大阪大学は新たな大学モデルで世界をリードすることを目指す。
大阪大学は、Openness(開放性)を基軸とした運営ビジョン「OU(Osaka University)ビジョン2021」を策定した。その具体的なアクションの一つとして、「大阪大学データビリティフロンティア機構」を4月に創設する。
この機構は、様々な学術分野で蓄積されたビッグデータをクロスすることで異分野の融合を図り、新学術領域の創成を促進するとともに、データビリティの飛躍的向上に取り組み、次世代を担う卓越した人材を育成する「協奏と共創の場」として社会に貢献していく。
ビッグデータ時代における大阪大学の挑戦が今まさに始まる。
講師略歴(講演時)=1951年生まれ。岐阜県出身。75年京都大学工学部卒業。80年京都大学大学院工学研究科博士後期課程修了(工学博士)。
京都大学工学部助手、カナダ・ウォータールー大学客員研究助教授、大阪大学基礎工学部助教授、同情報処理教育センター助教授を経て、92年大阪大学工学部教授。
その後、大阪大学サイバーメディアセンター長(初代)、文部科学省科学官、大阪大学大学院情報科学研究科長、同理事・副学長などを歴任し、2015年8月より現職。
専門分野はデータ工学。電子化された大量のデータを社会経済活動、科学技術や学術振興、文化的活動、さらに日常生活で有効利用するための情報技術を先駆的に研究してきた。たとえば、データ表現の構造が柔軟で知識処理機能も持つデータベースのモデルとして「演繹オブジェクト指向データベース」を提唱。このモデルに基づくシステムは、欧州のプロジェクトで製品開発分野等に活用された。また、広域ネットワーク上でデータベースそのものを移動してシステム性能の向上を目指す「データベース移動」の概念を提案。データ工学分野にパラダイムシフトを促し、最近の「クラウドコンピューティング環境」を予見する技術として高い評価を受けている。
岩波講座「マルチメディア情報学」(全12巻)、岩波講座「インターネット」(全6巻)の企画、編集、執筆を担当するなど著書、論文は多数。日本データベース学会会長、情報処理学会副会長など、多くの役職を歴任。2011年紫綬褒章、14年文部科学大臣賞など受賞多数。