「助かった命を救う」被災者支援は民間企業に委託すべきだ

※講演の模様をYoutubeにアップしました※

第291回 2023年3月15日
大阪公立大学大学院准教授
菅野 拓すがの たく 氏
「南海トラフ地震と災害ケースマネジメント」

 将来想定される南海トラフ巨大地震でどんな被害が出るのか、皆さんの関心は高い。大阪府の試算では最悪の場合、津波で13万人前後の死者が出る。このため、(報道では)津波で流されたり、地震で建物の下敷きになったりという「直接死」が取り上げられやすいが、最近の大規模災害では、助かったのにその後の避難所生活などで亡くなる「災害関連死」がものすごく増えている。実際、2016年の熊本地震では直接死50人に対し、関連死は226人に上った。最近の災害対策の問題点だ。

 1930年の北伊豆地震と熊本地震の避難所の写真を見比べると、体育館みたいな広い場所に布団を敷き詰める情景はほとんど変わっていない。日本の避難所の環境水準は発展途上国より低い。過去の教訓が伝わっていないと言わざるをえない。なぜか。

 日本の災害法制をみると、道路、河川の堤防などインフラの復旧はものすごく早いが、家の復旧や被災者支援の体制は乏しい。持ち家か借家か関係なく、たまたま住んでいた家の壊れ具合で支援を受けられるかが決まってしまう。また、介護を必要とする高齢者や障害者は避難所に入りにくく、壊れた家に残ってしまう人も多い。
 東日本大震災の復興計画はインフラ復旧など土木が中心だったので、自治体はそのメニューに沿ってやった。一方、被災者支援は担当省庁がない状態だ。宮城県石巻市では屋根が壊れ、津波で1階がボロボロになった住宅の2階に住み続けている被災者がいる。キッチンもトイレもお風呂も使えない。
 仮設住宅には入れるが、震災時の避難所が足りず、災害救助法の「応急修理制度」(自治体が必要最小限度の修理をする仕組み)を使って自宅に戻った。この制度を使うと仮設住宅に入れなくなり、10年以上壊れた家に住んでいる。おかしな話だ。自治体職員も(通常業務ではない)被災者支援制度を分かっておらず、生き残った人を適切に支援できる枠組みになっていない。

 自治体職員にとって「災害救助は一生に一回やらなければならないかどうか」という仕事であり、実質的に民間(企業)は参入できない。だが、物資の運搬や避難所の運営は行政より流通企業など民間の方が得意だ。慣れた民間が入れず、慣れない自治体職員が全て配給でやっている構図だ。だから、戦前と変わらない配給スタイルの避難所になっている。
 「餅は餅屋」の被災者支援にすれば、災害関連死は少なくなる。こうした「災害ケースマネジメント」の確立は急務だ。
 災害復旧は戦後すぐに作られた生存権保障に基づく制度だが、自治体もたまにしかやらない。国が費用を持ち、民間が参入する仕組みにした方がよい。課題はあるが、国も議論しているので、だんだんその方向に向かっていくのではないか。
 正直、大阪府では災害ケースマネジメントの取り組みが進んでいない。災害時に人口流出の恐れのある鳥取県や徳島県などは準備を進めている。自治体は部署ごとの縦割り意識が強いので、知事の強いリーダーシップがないと難しい。
 イタリアなんかは良いモデルだ。避難所の開設・運営を民間がやり、パスタやワインを振る舞う。日本だと1週間、パンの配給もあり得るが、イタリアでは「それが人権だ」という考え方だ。法律に基づき、レストランのシェフに休暇を取得させて避難所で調理させる。その費用は国が補塡する。
 日本でこのレベルまでやろうとすれば、災害救助法を中心に法改正が必要になる。ただ、法改正しなくても民間参入を進められる部分はある。「ボランティアでタダ働きしてください」ではなく、慣れない自治体がやるより、民間に委託した方が結果的に費用は安くなる。しかも早くて効果的だ。民間にもビジネスチャンスが生まれる。(藤原 章裕)

南海トラフ地震の被害想定を説明する菅野氏(ホテルヒルトン大阪)

菅野 拓(すがの・たく)氏
2005年京都大農学部卒、07年同大学院農学研究科森林科学専攻博士課程前期修了、14年3月大阪市立大学大学院文学研究科人間行動学専攻地理学専修博士後期課程修了。博士(文学)。臨床の社会科学者。専門は人文地理学、都市地理学、サードセクター論、防災・復興政策。
東日本大震災などでのNPO、NGOなどサードセクターの活動状況を現地で詳細に調査。大規模災害でのサードセクター、行政、営利企業の協力体制など、被災者の生活再建支援のモデル化に取り組む。
復興庁「多様な担い手による復興支援ビジョン検討委員会」ワーキンググループメンバー、内閣府「被災者支援のあり方検討会」委員、厚生労働省・内閣府「医療・保健・福祉と防災の連携に関する作業グループ」参考人、熊本市「復興検討委員会」委員はじめ、政府、自治体などの多くの諮問機関でメンバーを務めている。  近著に『つながりが生み出すイノベーション―サードセクターと創発する地域―』、『災害対応ガバナンス―被災者支援の混乱を止める―』(いずれも単著、ナカニシヤ出版)。