2018年夏季会員交流会 谷川九段と杉本七段が将棋界の未来を語る 藤井七段もビデオで参加

 関西プレスクラブの2018年夏季会員交流会は727日夕、大阪工業大学梅田キャンパス(大阪市北区)のホールで開かれた。交流会のメインとなる対談では、将棋の十七世名人(永世名人)の資格を持つ谷川浩司九段と、最年少で〈中学生棋士〉となった藤井聡太七段の師匠、杉本昌隆七段が、「将棋界のこれから」と題して意見を交わし、会員や招待客約100人が聞き入った。この後、同キャンパス21階のレストランで交流会が行われ、両棋士も交えて、遅くまで歓談が続いた。(青野 達哉、菅井 賢治)
 対談に先立ち、6月に就任した藤井龍也・関西プレスクラブ理事長(朝日新聞社常務取締役大阪本社代表)が挨拶。毎日放送の古川圭子アナウンサーの司会で対談に移った。
 今の将棋界は、藤井七段の登場でこれまでの愛好家に加えて、新しいファン層も獲得し、いっそう関心が高まっている。今回は、事前に藤井七段のメッセージを収録。壇上のスクリーンにビデオを映し出しながら、そこから話を深めるという趣向で進行した。

藤井龍也理事長

古川圭子アナウンサー

 まずは、これまでの中学生棋士となった5人のうちの2人、谷川氏と藤井七段の運命的ともいえる出会いのエピソードから始まった。
 201011月、名古屋であった将棋の催しの際、藤井七段は谷川氏と多面指しという指導将棋で対局。当時、藤井七段はまだ8歳、小学2年の時だった。谷川氏は飛車角落ちのハンデつきで臨んだものの優勢で、頑張る藤井少年に「引き分けということにしようか」と持ちかけたところ、「うわああああん」と大声で将棋盤に覆いかぶさったのだという。

藤井七段
ビデオメッセージ1
(谷川氏との対局を振り返り)子供大会で指導対局していただきました。確か二枚落ちで教えていただいて、こちらが攻めを切らされてしまって勝ちがない局面でした。谷川九段に引き分けを提案していただいたんですけど、こちらは子供心に勝てるチャンスがあると思っていたのか、泣き出してしまったのは覚えています。
 子供の頃は大会などで負けて泣いてしまうということが何回かあって、やはり悔しいという気持ちが強くて、それをうまくコントロールすることができなかったと思います。

 その場には、杉本氏も同席。谷川氏は後に、杉本氏から「あの時の子です」と聞かされ、思い出したという。あまりの号泣ぶりに、二人は藤井少年の「負けん気の強さを痛感した」という。

 ビデオメッセージ2
 (師匠の杉本七段について)本当に温厚な師匠です。優しく接していただき、それが励みになって将棋に打ち込むことができました。盤上では忌憚なく意見を交わすことができ、思い返しても成長の糧だったと思います。
 弟子の私が言うのは何なのですが、盤外では本当に気さくな一面もあっていい師匠だと思います。

 このビデオ収録時、横に座っていた杉本氏は、藤井七段の答えに、「こういう言い方しかできないだろう」と苦笑い。「師匠、弟子という関係があまり好きではないので、先輩と後輩という意識でつき合ってきました。(同じ愛知県が拠点で)小さい頃から知っていますから、自然な流れで弟子になりましたが、彼は多分、誰の弟子になっても、今のような結果を出していたと思います。弟子になってくれて感謝しています」と語った。
 谷川氏も「強いだけではなく、取材の受け答えもしっかりしていて、難しい言葉も使う。『子どもに将棋をやらせてみたい』とお父さんやお母さんの関心も高まり、将棋のイメージが上がった。スター登場で、将棋界に注目が集まる。5年くらいたつと、その子たちがこの世界に入ってくるのではないか」と期待を込めた。

詰め将棋
 そんな藤井七段の成長の影には「詰め将棋」がある。小学6年の時、棋士も参加する詰め将棋のスピードと正確性を競う大会で優勝。中学では、詰め将棋を創作する方でも素晴らしい問題を作っている。
 「詰め将棋は一種のパズルのようなもの。好んで作っているのはプロの棋士でも1割か2割だと思いますが、自分で作ることで創造力が身につきます。最初に結論をイメージして詰め方が正しいかどうか検証していくという意味で、後のち役に立ったと思います」。谷川氏は、藤井七段の強さの秘密をそう推し量る。
 杉本氏も「詰め将棋を解くこと、作ることに関してびっくりするくらい才能があります。ただ、作ることに関しては、『あまりやると勉強に差し障る』と谷川さんにアドバイスをいただいたので、今は作っていないと思います」と話した。

ビデオメッセージ3
(詰め将棋で谷川さんと通じる点は?)子どもの頃、「将棋世界」という雑誌に投稿し、詰め将棋を谷川先生に評価していただき、本当にうれしかったです。自信にもなりました。谷川先生の将棋は終盤の切れ味が凄まじい。一方で、人柄も素晴らしい。大変な人格者だと思っています。端整な立ち居振る舞い。子どもの頃からそういうところに憧れていました。
 谷川さんの「21歳で名人」に挑戦しようという気持ちは?)21歳で名人というのは、大変偉大な記録です。現在、私は、順位戦の方はC級1組ですので、名人というのは途方もなく遠いところになりますけど、一歩一歩、上を目指して頑張っていけたらいいなと思っています。

 「谷川九段は、私たちの世代から見ても憧れの存在ですが、若い藤井七段も憧れていたでしょう。是非見習ってほしいと思います」と杉本氏。
 当の谷川氏は「40歳も下の少年から『人格が素晴らしい』と言われ、どうリアクションすればいいのか困ってしまいました」と笑いながら、「タイトルの最年少記録は屋敷伸之さんが棋聖を取った18歳。名人は21歳ですが、一つ一つクラスを上げていかないと挑戦できない。藤井七段もクラスを一つずつ上がって、A級になれば、自信も出てくるのではないかと思います」と評した。

谷川九段

 

杉本七段


ビデオメッセージ4
 (これからの目標は?)まずは純粋に強くなること。棋士としてタイトルを目指していきたいという思いは強く持っています。それだけではなく、将棋の魅力、面白さを多くの方に知ってもらえるような存在になりたい。
 本当に環境に恵まれたと思っています。家族に支えてもらったこともそうですし、師匠に恵まれてここまで来ることができました。これからも変わらない気持ちで上を目指していきたいと思います。

若手棋士の台頭
 若手がどんどん出て来ている将棋界の将来をどうみるか。豊島八段が7月の棋聖戦で羽生竜王(当時)を破ってタイトルを奪ったことで、8タイトルをすべて違う人が持つことになり、群雄割拠の状況となった。その後、豊島氏は二冠に。また、12月には、羽生氏が竜王のタイトルを失い、広瀬章人・新竜王が誕生した。
 谷川氏は「将棋界はこの20年ほど羽生善治さんを中心に動いてきましたが、羽生さんも40代後半になり、そこに20代、30代の優秀な若手が出てきた。関西の棋士もうち三つ(現在は四つ)を持っている。「タイトル1人1つずつ」の状態から誰が抜け出すか。次は20代、30代から出てくるのではないかと思っています」と世代交代に期待を込めた。
 杉本氏は「関西の若手は層が厚いが、20代の棋士たちは、危機感を持っている。羽生さんを目標にやってきましたが、さらに下の10代の世代から藤井七段が登場し、『先にタイトルを取られてしまっては』と脅威になっています。ただ、藤井七段も20代、30代が強い時代にタイトルを取っていくのは、決して簡単ではないと思います」と弟子の今後に触れた。
 藤井七段の連勝に、谷川氏は「20代、30代の棋士たちに『君たち悔しくないのか』という気持ちもあります。その世代には『今、勝っておかないと自分たちの時代が来る前に取られてしまう』という危機感を持ってほしい。私自身、下の世代が出てきて、危機感を持ちながらやってきました」と叱咤激励した。

<将棋界8大タイトルと主催者>
竜王  読売新聞
名人  毎日新聞、朝日新聞
叡王  ドワンゴ
王位  新聞三社連合
王座  日本経済新聞
棋王  共同通信社
王将  スポニチ、毎日新聞
棋聖  産経新聞

 二人の抱負
 杉本氏も「今は誰がタイトル取っても不思議ではない。藤井七段も注目されていますが、王座戦への挑戦には負けてしまい、本人も悔しがっていました。彼も決して、勝って当たり前とは思っていないと思います。〈棋士寿命〉は長いので、私もまだ現役として、藤井七段と一緒に昇段争いをするのが目標です。負けないように上をめざします」と述べた。
 最後に、谷川氏は「20代、30代の頃は年間40勝が普通と思うくらい勝っていました。40歳で1000勝を達成し、その後はなかなか厳しくなりましたが、それでも1300勝の大台まであと5勝まできました。その間に、羽生さんはすでに1400勝してはるか先を行っていますが、1300勝の先には、中原誠先生や加藤一二三先生の記録があり、勝ち星一つとっても目標があります」と抱負を語り、会場のファンの拍手を受けた。

表情はあどけないが、藤井七段のしっかりとした発言に感心する谷川九段と杉本七段

 

ゲスト略歴(開催時)
谷川 浩司(たにがわ・こうじ) 氏
日本将棋連盟棋士、九段、永世名人、若松政和七段門下
 19624月神戸市生まれ。76年、中学2年生でプロ入り。83年、加藤一二三名人を破り、21歳で史上最年少名人となる。「光速の寄せ」のキャッチフレーズで一世を風靡し、その後、当時の七大タイトルをすべて獲得。通算獲得タイトルは歴代4位の27期。このほか全日本プロトーナメントなど優勝22回。最優秀棋士賞など将棋大賞の受賞多数。兵庫県「誉」賞、神戸文化栄誉賞、紫綬褒章など表彰多数。201217年日本将棋連盟会長。門下に都成竜馬五段。著書に「中学生棋士」「怒濤の関西将棋」(KADOKAWA)、「常識外の一手」(新潮社)など。

杉本 昌隆(すぎもと・まさたか) 氏
日本将棋連盟棋士、七段、板谷進九段門下
 196811月名古屋市生まれ。90年プロ入り。2006年七段。12年~日本将棋連盟非常勤理事。01年朝日オープン将棋選手権で準優勝。現在順位戦C級1組。棋戦の傍ら、東海地方を中心に将棋の普及に努める。門下に史上最年少の142カ月、中学2年生でプロ入りした藤井聡太七段。このほか講師を務めたNHK将棋講座でアシスタントだった女流棋士の室田伊緒女流二段。著書に「弟子・藤井聡太の学び方」(PHP研究所)。