東京オリンピック・パラリンピックへの期待が高まるなか、2008年北京五輪の銀メダリストで大阪ガス陸上部の朝原宣治さんと、2004年アテネ五輪女子バレーボールのキャプテンでJTマーヴェラス監督の吉原知子さんをゲストに迎え8月26日、大阪工業大学梅田キャンパスで開かれた2019年夏季会員交流会では、日本の選手たちへの激励を込めた2人の対談が行われた。司会進行は毎日放送の石田敦子さんがつとめた。
注目の男子100メートル
司会 2017年に桐生祥秀選手、2019年にはサニブラウン・ハキーム選手、小池祐貴選手と、日本人選手が相次いで9秒台を樹立しました。
朝原 あれよあれよと言ううちに、わたしの記録が歴代6位となり、ちょっと寂しい。桐生選手が初めに9秒98を出したんですけど、わたしたちは他にも切る選手がすぐに出てくると言っていました。
司会 急に9秒台が出るようになった要因は何でしょう?
朝原 中学・高校の現場の先生たちが、頑張ってジュニアの育成をしているということが、いちばん大事なところだと思います。それに東京五輪という明確な目標とそれに対するいろんな人の評価です。もちろんお金も動いていますし、メディア露出も大きいということで、みんなそこを目指してやっているということが、すごく大きな要素だと思います。
司会 朝原さんが10秒02で、サニブラウン選手が9秒97。その差は0.05秒ですが、この差は大きいのですか。
朝原 大きくなってしまったんですよね。伊東浩司さんが10秒00という記録を出してしまったために、ひとつの大きな壁になってしまった。ぼくが破っておけばよかったんですけど、それが破れずにずっときていたので、9秒台と10秒台の違いという壁にものすごいものがあるんじゃないかとみんな思ってしまった。コンマ00何秒の世界なので、9秒99だろうが10秒02だろうが、100分の1秒で10センチなので、そんな大差はないです。
司会 どの選手がオリンピックに行けそうですか?
朝原 みんな行けそうなんですよね。メダル獲得まではちょっと難しいですよ。ただ、みんなが目指しているのは、まずファイナリストです。ファイナリストという意味では、チャンスはみんなにあると思います。
小池選手も最近いちばん伸び盛りの選手です。小池選手は大学時代は10秒3くらいでしか走っていないんです。ぼくたちの中では9秒台で走る選手とは誰も思っていなかったんです、申し訳ないですけど。それが社会人2年目で、あんなに急激に伸びる選手が、このレベルで出てくるというのは、ちょっと想像がつかなかった。大学でそんなにいい記録じゃなかったので、企業でも続けられるとならなかったら、もしかしたら辞めていたかもしれない。そういう意味では個人個人でいつ伸びるかは本当にわからないので、育成の方法とか指導の仕方ってすごく重要だなと思いました。
女子バレーボールの行方は
司会 現在女子バレーの世界ランキングは6位。なかなかいい位置につけていると思いますが、いかがでしょうか。
吉原 昔そんなにバレーが盛んじゃなかったな、そんなに強くなかったなっていうようなチームがメキメキと力をつけて、強くなってきています。
日本は今のままではちょっと難しいかなという感じがしますね。まだメンバーも固まっていないです。ただ今持っている力がもう少し一つになってくれば、面白いところにつけていけるかな、という感じがします。
優勝候補のセルビアチームは、大きくて非常に攻撃力のあるチーム。
中国も非常に大きくて、プロでいちばん年俸をもらっているすごい選手が一人いて、その選手がエースとして中国チームを引っ張っているんです。
アメリカは、スパイクをブロックするシステムがすごくいいチームで、戦略とかシステムがとても優れています。
ブラジルは全員バレーで、全員が拾って、全員が攻撃してくるようなチームです。
それぞれ本当にタイプが違うんです。
ですから、日本も日本なりの、例えば身長が低いのだったら、レシーブをすごく上げて、そこからしっかり全員で攻撃し、相手がブロックする前に打ち切っちゃうぐらいの速さが求められるところです。まだそこまで完成していないので、これからどれだけ詰めていけるか、というところかと思います。
司会 これから、十分な時間があると言っていいですか?
吉原 そう信じたいです。
司会 日本のウイークポイントは。
吉原 やはり小さいですよね。いま世界の選手たちは190センチ、女性で195センチとか2メートルとか普通にあるんです。その中で日本人が大きいと言っても188とか189センチとか、平均身長177センチくらいなので、やはり高さに対してどう対応していくか、がすごく求められるところだと思います。
メダル期待の400リレー
司会 先日(2019年7月21日)ロンドンで行われたダイヤモンドリーグでは日本歴代3位の記録を出しました。そのメンバーが多田修平選手、小池祐貴選手、桐生祥秀選手、そして白石黄良々選手。層が厚くて頼もしいなという感じがしますが。
朝原 白石選手は今年現れた選手です。全国的にその名前が出ていた選手でもなくて、やっと今年から本当に強くなってきて、代表のリレーも任されるようになって、初めての大きな大会でアンカーを務める。いま経験を積んでいろんなパターンを試している最中。このメンバーで歴代3位の記録というのは、スタッフも驚きだと思います。
吉原 バトンを渡しにくい選手っているんですか?
朝原 いると思いますよ。やっぱりカーブで渡すには器用な人じゃないと務まらないです。なので、私は無理です。第3走者とかもう絶対無理でした。
司会 上手なバトン渡しを見てみたいですね。
(本物のバトンを使い実演、朝原さんから吉原さんにバトンパス)
朝原 まずぼくらはアンダーハンドパスをやっています。オーバーハンドパスというのは、運動会でよくやっていますが、通常の世界の主流です。何がいいかというと、体の長さを使って、そこまで走らなくていいので得、というメリットがあるんです。
日本は、アンダーハンドパスといって、手のひらを下に向けて、下から渡すんですよ。手を握り合うようにして、渡すのです。渡しやすくてフォームが乱れないというメリットはあります。
司会 時間を短縮できるということですか?
朝原 オーバーハンドだと距離を稼げるけど、下からだと時間が稼げる。走力を失わずに加速をしながらうまくバトンが渡せる。
外国人選手の場合は、リーチを生かした方がいいと思っている国が大半だと思います。 すごい体格ですから。日本は2001年からやっていて、急にやるのも怖いなというのもあるんじゃないですか。フランスと日本だけなんです。あとは上から渡します。
吉原 素朴な疑問ですが、普段はライバルじゃないですか。リレーになったときどうなんですか。
朝原 バレーボールのチームと一緒じゃないですか。好き嫌いはあると思いますよ。それぞれ性格も違えば考え方も違う選手たちが集まっているというのは確かです。でも、やっぱりみんなどこかではちゃんと通じ合っているというか、尊敬してると言うとちょっと言い過ぎかもしれないですが、認め合っているっていうのは、すごく大きいと思います。
吉原 例えば、バトンをちょっとミスしました。1番で来ていたのに、バトン途中ミスしちゃいました、1位になれたのに4位でした、となると、すったもんだはないですか。
朝原 それはバレーボールと一緒だと思います。 致命的な失敗あるじゃないですか。「あの流れのときになんであんなミスするの!」と同じかなと。でも、やっぱりバトンをつないでいる以上チームなので、誰がどうっていうことはしょうがないですよね。
みんなバトンを落とすなんてこと想像していないと思うんです。これがミスばっかり続くチームに入っていたら、もしかしたら落ちるんじゃないかって思いながら多分走るんです。アメリカとか、ジャマイカとかはそんな感じだと思います。
柳本監督が言っていました。バレーボールも団体競技のように見えて、実は究極のことを言うと個人種目だ。なぜかというと1人がミスしたりすると、それをカバーする人がいる。それが順繰りにみんなのパフォーマンスを落とす。やっぱり1人がちゃんと自分の仕事をこなして、責任を持ってやらないとチームのパフォーマンスにならないという話をされていました。
司会 でも、やっぱり優勝し続けているというメンタル面での自信みたいなものも、やっぱりプレーにはすごく出てくるんじゃないですか。
朝原 雰囲気って大事ですよね。
吉原 優勝するときの雰囲気って、何か感じるものがあるんですよ。今年は勝てるなとか、これはいけるなっていうそういう雰囲気がやっぱりすごく重要です。生ぬるい雰囲気だと、絶対に無理だな、これは勝てないなって思いますし、あまりにもピリピリしすぎてて、ミスを恐れるような感じになってしまうと、それもあまり良くないですし。程よいピリピリ感みたいなものがあって、お互いが認め合って、尊敬し合って、なおかつモチベーションが高いというか目的意識が高いというか、そういう風になってくると強いですね。
まずは、目標を何にするか、自分たちがどこを見て戦うのか、がすごく大事だと思うんです。そこに温度差があると、どうしても低い温度に引っ張られやすくなるので、いかに同じ温度で高く保てるか、というのは大事なところかなと思います。
司会 それを引っ張っていくリーダーは大変です。
吉原 そうですね。結構きついことも言わなきゃいけないですし、なおかつ自分もやらなきゃいけないですし、難しいと思います。
司会 例えばですが、ちょっとゆるいなと思っているチームは、どういう風に喝を入れていくのですか?
吉原 そのことを言えたり、気づけたりしたらいいんですけど、そういうムードで勝ったことがないと分からない。ムードがこれじゃ勝てない、ぬるいなっていうのがわからないので、やっぱり勝って、そういう雰囲気とか、自分たちのスタンダードというものを植え付けていかないと。
アジア初開催「ワールドマスターズゲームズ2021関西」
司会 盛り上がりを見せるオリンピックですが、朝原さんは、さらにその先を考えてらっしゃいます。実は世界マスターズ陸上のリレーで素晴らしい成績を残しています(2018年9月、スペインで400メートルリレー・金メダル)。
朝原 ワールドマスターズゲームズはオリンピックの次の年に同じ国で行われるということで、ぜひ多くの方に参加していただきたいという思いがあって、ぼく自身も参加します。引退した選手たちももっとスポーツの世界で活躍できる環境が整ったらなと思っています。 吉原 スポーツってやるだけではなくて、「見る・やる・支える」という3本柱があるので、ぜひ2020年東京オリンピック・パラリンピックは皆さんで協力しあって成功させたい。 (清水 紀陽士)
【ゲスト略歴(開催時)】
朝原 宣治(あさはら のぶはる)さん
1972年生まれ。神戸市出身。同志社大学3年生の時、国体陸上100メートルで10秒19の日本記録樹立。その加速力から「和製カール・ルイス」と呼ばれた。大阪ガス入社後、アトランタオリンピック100メートルに出場。日本人選手として準決勝に28年ぶりに進出した。オリンピックには4回連続出場。自己最高記録10秒02は日本歴代6位。2008年北京オリンピック4×100メートルリレーでは、悲願の銀メダル獲得。現在は大阪ガス本社・地域活力創造チームに在籍、スポーツを通じたまちづくり活動を推進している。
吉原 知子(よしはら ともこ)さん
1970年生まれ。北海道出身。オリンピック3大会(バルセロナ、アトランタ、アテネ)に出場。1988年から2006年まで、日本リーグ・Vリーグで所属した全てのチームで優勝を経験している。1995年に日本人初のプロバレーボール選手としてイタリアでプレー。現役引退後、筑波大学大学院で体育学修士課程を修了し、大学講師やVリーグ機構の理事などを歴任。2015年にJTマーヴェラス監督に就任、初年度にチャレンジリーグからの昇格と黒鷲旗優勝を果した。
石田 敦子(いしだ あつこ)さん 岡山市出身。1990年、アナウンサーとして毎日放送入社。数々のテレビ、ラジオのバラェティ番組に出演、東京支社転勤後は「サワコの朝」のチーフプロデューサーを務めた。現在は東京支社報道部記者として「ちちんぷいぷい」「ミント!」などの取材・リポートを担当。
25周年ポスター制作者を表彰
WMG2021組織委がPR
朝原さんと吉原さんの対談による第一部が終了した後、同キャンパス内のレストランに会場をかえて交流会の第二部に移った。
冒頭、関西プレスクラブ設立25周年の記念事業として開催した報道展「平成から未来へ」のPRポスターデザインの制作者の表彰式を開催した。藤井龍也・関西プレスクラブ理事長が、最優秀作の川口龍世(かわぐちりゅうせい)さん(大阪工業大学工学部建築学科4年)と優秀作の南端輝(みなみばたあきら)さん(同3年)、岡本大樹(おかもとだいき)さん(高松建設)にそれぞれ表彰状と記念品を手渡した。
この後、朝原さん、吉原さんも参加して懇親会を開催。ワールドマスターズゲームズ(WMG)2021関西組織委員会の木下博夫事務総長が、2020年2月から大会参加者のエントリーが始まる同大会のPRを行い、大会マスコットの桜の妖精「スフラ」が会場で愛嬌をふりまいた。