第267回 2019年9月26日
西日本旅客鉄道(JR西日本)会長
真鍋 精志氏
JR西日本の30年とこれからの取り組み
~関西エリアの活性化に向けて~
1987年に国鉄が民営分割化して、JR西日本が発足してから30年余りたった。その間、阪神・淡路大震災を経験し、96年には株式を上場。2004年には(政府保有)株式の100%売却で、完全民営化を果たした。しかし05年、多数の死傷者を出す福知山線の脱線事故を起こした。今年で事故から15年目になる。30年の歴史のうち、半分近くは福知山線の事故の後の歴史となる。
特に事故の後、私は主に二つのことを社員に伝えている。一つは「事業に参加しよう」ということ。直接、お客さまの顔を見ることのない仕事でも、自分の仕事の延長線上にお客さまがいると意識しようといっている。そして、「一人の百歩より百人の一歩」というのをスローガンにしている。
昨年、福知山線の事故現場を慰霊の場として整備した。この施設の石碑には、「尊い人命をお預かりする企業としての責任を果たしていなかった」と組織としての責任を明記した。安全は絶対のものといいたいのだが、現実に絶対の安全はない。私どもの定義は、許容可能な範囲でリスクを押さえ込み、押さえ込んだその状態が安全だと考える。
発生頻度が低くても、万一起きれば重大な人的被害が生じる恐れがある場合、未然に事故を防ぐ対策をどう推進するか。たどりついたのが、リスクを洗い出し、評価する「リスクアセスメント」の導入だ。鉄道事業でこの手法を取り入れている事業者はほとんどない。
足元の業績は順調だが、今後は安全の問題に加えて、経営の問題を考えていく必要がある。現在はインバウンドで収入や客数は伸びているが、日本人の動きは今年あたりがピークだと思っている。結論を言えば、高齢化時代の旅行・商用スタイル、あるいは移動の利便性、そしてインバウンド対応。これが国内の交通機関のテーマになると思う。加えて、インフラ事業者としての鉄道と地域のまちづくりと、それを基盤とした非鉄道分野の事業戦略。これが私どものテーマだ。
鉄道の利用状況から関西をみると、駅の利用がピークを過ぎた地域と伸びている地域がある。こうしたデータを踏まえ、このエリアにどういう特徴を作っていくかを、地元の行政とともに考えていく。それがこれからの当社の役割のひとつだ。
例えば環状線の西側、野田から天王寺にかけては、今後の統合型リゾート(IR)や2025年大阪・関西万博を契機に、どういう街をつくるのかを考えなければならない。新今宮には、星野リゾートも進出するのでインバウンドを踏まえたエリアづくりをする必要がある。梅田周辺では大阪駅北側に2023年春、新しい地下駅ができる。今は大阪駅を素通りしている京都方面からの特急列車が、大阪駅ですべてつながることになる。この新駅を、万博やIRに先駆ける起爆剤にしなければならないと思っている。
万博やIRなどを控えた関西で、経営環境や交通事業者としてなすべきことを考えると、安全に加えて、また一段異なるステージに入っていくことになる。公益を担うインフラ企業として、利用者や社会との対話を大事に心がけていきたい。
(内田 博文)
ゲスト略歴(講演時)=1953年10月、香川県仁尾町(現・三豊市)生まれ。東京大学卒業後、日本国有鉄道入社。秋田鉄道管理局総務部人事課長などを経て1987年4月西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)人事部勤労課長。同広島支社次長、執行役員財務部長、取締役兼常務執行役員総合企画本部長などを歴任し2012年5月代表取締役社長、16年6月から現職。17年5月関西経済連合会副会長、関西経済同友会常任幹事、19年4月から大阪市博物館機構理事長を務める。
趣味は美術鑑賞と野球。学生時代から東京上野近辺の美術館には何度も足を運んだ。アンドリュー・ワイエスが好きで、仕事部屋にも飾っている。中学から始めた野球はプレーも観戦も好きで、学生時代のポジションはキャッチャー。冬に両手でレンガを持って走る、試合後に10キロの距離を走るなどハードな練習をこなした。社員の情熱や頑張りをキャッチャーの気持ちで受け止めることに力を注いでいる。社員には「一人の百歩より、百人の一歩」で、みんなで頑張っていこう、と鼓舞している。