「日本は医師と技術者の連携が非常に弱い 」「宇宙でロボット手術ができる時代が来る」


定例会の模様をYouTubeにアップしました。

279回 20211018
神戸大学学長 藤澤 正人ふじさわ まさと
「デジタル・ロボット技術が開く未来医療」

 私は医学部の出身で、前立腺や腎臓、膀胱など泌尿器科の医療に40年間携わってきた。今年3月まで、「hinotori」などのロボットを使って手術をしてきたが、臨床は、一旦やめ学長の職を引き受けた。今も、このロボット手術開発の経験を生かしながら学部間や企業、自治体の方々とも連携して、産官学での研究開発を進めてどのように大学を発展させるかを日々考えている。
 医療の役割は、診断をする、薬で治療をする、手術をする、大きく分けて3つだ。医師にとって、日々勉強し新しい知識を吸収し蓄えることは必須だが、新規の薬をつくる創薬や高度な医療機器を開発することも重要なことだ。1980年頃までは、お腹を大きく切って手術をするという時代だった。90年代には内視鏡を使った腹腔鏡手術、2000年代にはロボット手術が国内にも浸透し始めた。10年ごとに大きな革新が、医療機器開発にはあった。さらに、近年、内視鏡もハイビジョンが3Dになり、今は4K、8Kへと進化している。
 国際医療機器の市場規模を見ると、2017年のデータではアメリカ19兆円に対し、日本は3・4兆円に過ぎない。世界中でどんどん増えて「アジア・太平洋」は、この10年間に3・4倍になっている。医療機器メーカーの売上ランキングの上位は、アメリカ、ヨーロッパがほとんどで、日本は17位、18位と低迷している。
 
 機器別に見ると日本は、MRIや CT、内視鏡などの診断系機器はかなり頑張っているが、人工関節や放射線、透析装置など治療系機器はほとんど壊滅的だ。日本は、産業用ロボットメーカーが世界市場を席捲する状況でありながら、医療になるとほとんどその技術が活かされていないというありさまで、非常にもったいない。これをいかに解決していくべきか考えないといけない。

 日本で治療用医療機器の認可を通そうと思うと、人体に対するリスクが非常に高いということで、国の審査が非常に厳しい。しかも、時間とコストがかかる。診断用医療機器ならば比較的承認は取りやすいが、治療機器開発では臨床試験に失敗するリスクを恐れて、優れた日本の企業でも尻込みをしてしまってなかなか開発できていない。
 アメリカの医療機器開発では、ジョンズホプキンス大学やUCLAなどの有名大学、NASA やIBMなどの企業が密に連携して医療機器を開発している。医療現場で働いている医師と、工学系のテクノロジーに精通した人たちの連携が非常に強い。一方で、日本は残念ながら非常に弱いと言わざるをえない。こういう問題を抱えたままずっと時間が過ぎてきたという状況だ。
 海外のものを受け入れるだけでなく、自分たちのニーズに合った医療機器を作るためには、やはり地域に産官学連携による開発拠点を作る必要があると考え、2018年に神戸大学にリサーチホスピタルとしての国際がん医療・研究センターを設置した。ここでは開発において医療現場を知らない技術者とロボット技術を知らない医療者が、常時コミュニケーションがとれるようになった。産業用ロボットは仮に問題が発生したら、自動で作業を中断すればいいけれども医療ロボットは自動で止まると大変なことになる。手術の状況を見ながら、うまく問題を回避できるようにしないといけない。最も大事なのは開発のコンセプトを共通理解することだ。
 さらに、日本では医療機器開発においてクロスコミュニケーションをする医工融合人材が不足しており、それなら神戸大学で育てようということで、すでに、大学院・学科の設置を進めている。これにより医療機器開発の原動力になる若手をどんどん育てたいと取り組んでいる。
 《講演では藤澤氏が、ロボット手術の貴重な映像を紹介しながら説明。内視鏡が映し出す臓器内の画像、電気メスで切開する様子。医師は両手両足を動かしながら、ロボットアームを操作し、切開、縫合などの手術操作を行う。映像は高画質、3Dで患部の組織が拡大して見えることから、精緻な手術ができる。この間、出血はほとんど無いように見える》
 これまでの開腹手術では、臓器の細部まで見えにくいこともある。奥深く狭いところでは手術操作が難しい場合や出血すると非常に止めにくい場合もある。しかし、ロボット手術ではそんな問題を解消できるようになった。手術の途中で、がんが転移しやすいリンパ節にがんの転移があるかないか内視鏡で診断しながら手術もできる。
 ロボットの動作をリアルタイムで把握し、万が一トラブルが起こっても、サポートセンターがすぐそれをキャッチし、対応できるシステムもある。
 手術ログをAI解析することで、熟練者の手術の動きそのものを数値化でき、その執刀医のすべての動きを後に再現できる。これを活用すれば、手術を学ぶ若い人にとって非常に理想的な環境をつくれる。近い将来、手術の自動化もできるようになるかもしれない。
 今後、医療の多くは手で直接行うよりは、ロボットを使って行うことが多くなり、より精密に手術ができるようになるだろう。手術用ロボットといっても、いろんなロボットがある。何も大きな手術をするためだけのものではない。世界中で新しい医療ロボットができると、その市場はどんどん拡大する。一方で、我々は国産ロボットを作って、できる限りコストを下げ、医療費の削減を目指すべきだろう。
 さらに、遠隔で手術を支援、あるいは執刀する技術も開発されてきている。この場合、通信が遅れてはいけないし、通信データ量が非常に大きくなければならない。したがって、5Gを活用することがどんどん必要になってきていると言える。また、情報が漏れないようにしないといけない。日本の場合、オンライン診療は認められているが、オンラインで患者さんの治療や手術をしてもいいかというと、そこまではまだ法整備ができていない。
 また、こういったロボットの遠隔手術は、災害時に感染症が流行して医療者が行けない状況であっても、手術が可能になるメリットがある。病院間の相互遠隔医療はもうそんなに遠くない時代だと思う。救急車の中でも手術ができるだろうし、山の中でもできる。おそらく宇宙で手術ができる時代が来ると考えると、非常に楽しみな状況であると思う。(辻井 靖司)

 

2020年12月14日、神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センターで行われた手術支援ロボット「hinotori」の1例目の手術。執刀医は藤澤正人・医学研究科長(現学長、左手前の青色の手術着姿)=神戸大学提供写真

 

 

ゲスト略歴(講演時)=1960年兵庫県神崎郡生まれ。84年神戸大学医学部を卒業し、泌尿器科学を専攻。89年神戸大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士取得。90年から、The Population Council Centerfor Biomedical Research(USA)でResearch Fellowとして研究に従事。92年より神戸大学医学部附属病院助手。2001年に神戸大学医学部附属病院講師となり、02年から川崎医科大学教授。05年に神戸大学大学院医学系研究科教授、14年神戸大学医学部附属病院長、18年神戸大学学長補佐、19年から神戸大学大学院医学研究科長、医学部長を務め、21年4月に学長に就任。
 この間、臨床医として前立腺がん等の泌尿器悪性腫瘍、生殖内分泌、腎移植等の診療・研究に取り組み、昨年末、企業と連携して開発に取り組んだ国産初の手術支援ロボットhinotoriを用いた世界初の手術を行った。さらに、未来の医療としてのデジタル医療・遠隔医療技術の開発にも力を注いでいる。
 これからは、大学として『知と人を創る異分野共創研究教育グローバル拠点』を目指し、地域産業界、自治体等との連携を強化して、知とイノベーションを創出、社会貢献することによりその使命を果たしていく。