第218回 7月25日
アジア太平洋研究所所長(大阪大学元総長)
宮原 秀夫 氏
感性と技術の融合による新しい街“うめきた”構想
「うめきた2期」構想を語る前に、中核施設であるナレッジキャピタルについて基本理念と何が期待されるかを説明する。いずれも「うめきた2期」に引き継がれるべきものだ。それを踏まえ「うめきた2期についての課題」として、私の考えを述べたい。
ナレッジキャピタルは「新たな価値創造拠点」を目指す。そのための基本理念とは、「科学」、「技術」、「感性」の3つの要素の融合によって、新しい価値を生み出すことだ。どれか一つだけでもゼロになると、新しい価値は生まれない。
科学とは普遍的な法則を探求することで、技術とはその法則にもとづいて、新しい機能を実現する具体的な方法を考え出し、作り上げ、利用すること。最近、科学と技術が乖離している。科学と技術のサイクルをきちんと動かさなければならない。その潤滑油となるのが感性だ。感性が欠如すると、システムのフィードバック機能が弱くなり、軌道修正が難しくなる。
「アメリカは軌道修正できるが、日本は一旦走り出すと止まらず、底を打たないと回復しない。V字回復しか期待できない」とよく言われる。評価基準が単一の日本と違い、アメリカは多文化、多様性に富みマルチ評価できる。日本は縦割り、上下社会、隣の部の意見をきかない、下からなかなか意見が言えない。強者一人で動くシステムは残念ながら感性に欠ける。
異分野間での人材交流を促進することで、感性豊かな「人財」を育成し、イノベーションを創出するのが、ナレッジキャピタルの機能だ。ここで、産学官協同モデルをつくり、企業、大学、府や市にフィードバックする。直接的なリターンを期待するのではなく、フィードバックはタイムスパンの長いものとなる。
だからこそ、「うめきた2期」は必須だが、その課題について話したい。これまで、2期について、「ニューヨークをセントラルパークのような公園に」「環境な配慮した先進的な“街”に」など、色々な議論が行われてきた。依然として、すべてを森や緑地にすべきだとの意見が根強いが、それほど大阪には緑が少ないのだろうか。
自然面積率(市域面積に占める樹木・樹林、水面、草地などの面積の割合)を見ると、平成18年現在の大阪市は29.30%で、東京都で最も高い世田谷区の26.84%(平成23年現在)を上回っている。「大阪には緑が少ない」という風説・通説に皆が惑わされている。大阪は鶴見緑地、靭公園、大阪城公園など公園も多いが、散在しているため、日常生活でメリットを受ける機会が少ないからだと思われる。
すべてを森や緑地にするのは、大阪駅前というきわめて希少価値が高いことを考えると、ただの木々の集まりにするのは、土地の有効利用としてありえない。機能面でも都市の森、緑地は集中するのではなく、人の移動路に沿って分散して置く方が効果的だ。すべてが森や緑ではなく、建物、施設と緑がスパース(疎ら)に存在することで都市機能を満たすとともに「憩いの空間」を提供し、全体として複合的機能を果たす新しい街づくり、「スパース・モデリング」が「うめきた2期」に求められる。
構築の具体的手順は①(国、府市など)公的主体がインフラ(道路、鉄道、駅前広場など)を整備②インフラ整備後の土地を民間事業者が原価で取得③民間事業者が森、緑地とシンボルタワー(建物、施設など)を一体的にデザインして建設④森、緑地は公的主体に移管し官民連携で管理・運営⑤森、緑地の日常の管理には市民が積極的に参加――というものだ。
1期では一般競争入札によって、民間事業者は実際の地価よりはるかに高い価格で土地を取得せざるをえなかった。2期ではこの問題を解決することが行政の最大の役目になる。そうすることで、民間事業者がシンボルタワーの事業収入によって、土地代と森、緑地の整備を負担するビジネスモデルが成り立つ。
また、緑地など共通部分の維持管理の方法として町内会費のようなものを考えてはどうか。大阪駅での乗降客は日に250万人に上る。1人1円でも一日で250万円。イコカカードなどをチャージする際に負担してもらう。また、このエリアのWi︱Fiの利用に応じ通信事業者から通信収入の一部をキックバックしてもらうことも考えられる。「KIF」(Knowledge Innovation Fund=寄付)と仮称したい。
米カリフォルニア州のカーメル・バイ・ザ・シーは、緑や花々があふれた敷地に、ホテル、レストラン、商業施設などが散在した小さな街で、「うめきた」のモデルになるかもしれない。街をキープするには収益性が必要だ。森や緑だけでは難しい。(田中伸明)
講師略歴(講演時)=1943年大阪市生まれ。1972年3月大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻博士課程修了。80年4月同基礎工学部助教授、87年1月同大型計算機センター教授、89年10月同基礎工学部教授、95年4月同大型計算機センター長、97年4月同大学院基礎工学研究科教授、98年4月同大学院基礎工学研究科長・基礎工学部長、2002年4月同大院情報科学研究科教授・研究科長、03年8月大阪大学総長。07年9月独立行政法人情報通信研究機構理事長、11年4月任意団体アジア太平洋研究所長、同年12月一般財団法人アジア太平洋研究所長。専門は情報ネットワーク学。