「攻めの経営」と言われたが、守りの経営だった 地方が衰退すると飛行機を飛ばす先がなくなる

第290回 2022年12月15日
ピーチ・アビエーション代表取締役CEO
森 健明もり たけあき
「ピーチの10年の歩みと新たな挑戦」

 2022年に就航10周年を迎えたピーチは、スタッフがおよそ1900人。20代、30代の社員が全体の約70%を占め、27の国や地域からきている。前職がバラエティーに富んでいるのが特徴で、証券アナリスト、コンサル、ダンスインストラクター、警察官、花屋など、さまざまなキャリアをもった人の集合体だ。
 LCC(格安航空会社)は飛ぶだけの運賃を示し、座席を指定したり、手荷物を預けたりする人は別にお金を払ってもらう。飲み物もただではない。いろんなサービスをつけると、大手航空会社の「早割」「特割」の運賃水準になる。いわば、うどんの上にトッピングするようにお客さまに自分が必要なサービスを組み立ててもらうのがLCCだ。
 創業時、お客さまのターゲットを20代、30代の女性に絞った。現在は女性のお客さまが全体の52%を占める。10年前に20代だった人が30、40代になり、お子さまやアクティブシニアも乗ってもらえるようになった。創業以来運んだ人は4500万人以上と、日本で3番目の規模になった。
 自己紹介をすると、もともとは父が教員だった関係で英語の先生になろうと思い、大学時代に教員免許を取得した。だが、教育実習に行った時、教師としての人そのものを生徒に伝えることが大事だと感じた。まずは社会人経験を、ということで、海外転勤ができて英語もブラッシュアップできる全日本空輸に入社した。最初の配属は大阪空港支店だった。
 その後、東京に転勤となり、羽田空港国際線ターミナルの開業準備をしていたときに並行して進めた社内プロジェクトが、LCCの準備だった。もともと井上慎一・ピーチ前CEO(現・全日空社長)がLCCの研究を始め、それに私が関わったのが2009年。11年にコーポレートベンチャー企業としてピーチを立ち上げた。「早く飛ぶことが一番大事」ということで、準備期間は短く、翌年に最初の飛行機が飛んだ。「3年で黒字化」という当初目標も、有言実行で成し遂げた。

新機種の導入について説明する森健明・ピーチ・アビエーションCEO


 当初は関西をメインにしていたが、成田空港から国内線を飛ばさないと事業拡大は難しい。そのときに19年、(同業の)バニラエアとの統合があった。ピーチのやり方が変わる可能性もあるので当初は慎重だったが、事業拡大の好機だと統合に踏み切った。機体は12機増え、成田空港を拠点とすることもできた。
 そこへコロナ禍がやってきた。20年4月に社長になったが、正直、コロナ禍がこんなに長く続くとは思わなかった。
 30機以上の飛行機と2千人近い社員を抱えていた。海外のエアラインは機材を売却して従業員を解雇するなど、固定費を薄めて我慢する経営が多かった。
 だが、私自身は、世界の歴史をひもとけばコロナ禍は必ず収束する、と考えた。全日空で経験した9・11(米同時多発テロ)やリーマン・ショックのときはテロがいつまで続くのか、世界経済の先行きが全く読めなかったが、コロナは何年か我慢すれば必ず経済は回復する。
 航空会社の場合、パイロットや整備士など、養成に長い時間がかかる職種がある。いったん手放すと景気が回復してもなかなか戻ってこない。飛行機も同じで、固定費はかかるが、需要が回復するときにリソースを手元に置いておかなければ企業は復活できない。
 私は「雇用は維持する」とはっきり言い、飛べなくなった国際線の機材や乗員を国内線にあてることにした。営業利益よりも限界利益を確保して、固定費を少しでも薄めるために国内線に特化した。メディアからは「攻めの経営」と言われたが、むしろ守りの経営だった。

森健明氏の話を聞く参加者(インターコンチネンタルホテル大阪)


 コロナ禍にセントレア(中部空港)を含む約10路線を新規に開設した。ちょうど(同業の)エアアジア・ジャパンがセントレアから撤退するタイミングと重なった。国際線はほとんどクローズしたが、国内線は最大33路線まで拡大した。
 国内市場に占めるLCCのシェアは20%未満。50~60%のシェアの東南アジアや欧米と比べると、まだまだ知られていない。そこで、コロナ禍では認知度を向上させようと「乗ってもらえないなら知ってもらおう大作戦」を始めた。代表的なものが「旅くじ」だ。5千円でガチャを引くと、6千ポイントの割引クーポン券と、行き先が書いてある。これが若い人に受けた。「旅くじのピーチ」と言われるぐらいに認知度が上がった。
 コロナ禍での環境変化はいろいろとある。出張に行かなくなり、旅行の頻度は減った。一般的にネガティブにとらえられるトレンドだ。だが、我々はポジティブにとらえ、圧倒的な低価格で全国的なネットワークを展開するピーチの時代がやってきたと考えている。家でも旅行先でも仕事ができるようになり、例えば木曜日夜に関西空港から石垣島に行き、金曜日の昼間は石垣島でリモートワークをして、土日は石垣島で思いっきりエンジョイし、日曜日の夜の便で関西空港に戻るといったことが簡単にできるようになる。
 2025年の大阪・関西万博には期待している。万博で紹介したデジタル技術やカーボンニュートラル、次世代モビリティーを全国に展開し、地方再生につなげてほしい。その先はピーチの役割で、居住地に関係なく、自分の住みたいところで仕事や教育、医療・介護ができる世界をつくりたい。高度な医療機関が田舎町に置かれるようになれば、低運賃のピーチで利用者を運ぶことができる。人手不足の農業、漁業分野でも、都会の若者を低運賃で地方に運び、作業を助けることができる。東南アジアでLCCが普及したのは、出稼ぎ労働者を運ぶためだった。日本でもそういうことがあっていい。LCCを組み合わせることでこれまでと違った未来がある。
 就航10年を節目ととらえ、引き続き「とんがって」行きたい。少子高齢化で痛みが早く来るのが地方だが、地方が衰退していくと、飛行機を飛ばす先がなくなってしまう。そこで地方創生事業に力を入れている。その一つが京丹後市(京都府)との事業で、機内で京丹後市へのふるさと納税ができる実証実験をしている。今後も自治体とタッグを組んだ取り組みを進めていきたい。
 社内的には、障がい人材を活用する「ほなやろ課」という部署も社内につくった。いろんな個性を持った方が社内のサポート業務を担っている。12月1日からは新しい組織として「わくわくしよ課」を立ち上げた。メンバーは社員公募、現職と兼務。社員がワクワクするイベントや施策を検討して実行する。ワクワクしたい人材が集まっており、期待していただきたい。(堀口 元)

ゲスト略歴(講演時)=1962年10月生まれ。長野県出身。東京外国語大学外国語学部を卒業し、1987年に全日本空輸株式会社に入社。航空機のオペレーション全般にかかわる業務を担当。その後、LCC共同事業準備室でPeachの創業者である井上慎一氏ともに創業準備に携わる。2011年に全日本空輸株式会社を退職し、Peachの前身となる準備会社 A&FAviation株式会社のオペレーション本部長に就任。Peach Aviation株式会社執行役員オペレーション統括本部長などを歴任し、2017年4月より取締役副社長兼COOとして、オペレーション統括に加え、経営企画全般を担当。2018年11月からはバニラ・エア株式会社取締役副社長を兼務し、同じくバニラ・エア株式会社代表取締役社長を兼務した井上氏とともに、Peachとバニラ・エアの統合を成し遂げた。2020年4月から現職。
心にとめている言葉は「You should be the change that you want to see in the world」(世界にそれを望むのであれば、自らが変化となれ)は、Peach立ち上げの原動力にもなった言葉だ。