第256回 2018年3月14日
愛知工業大教授 地域防災研究センター長内閣府参与
横田 崇氏
「どう備える南海トラフ地震~新情報と社会対応」
災害から命をどのように守るか。備えるべきは、将来必ず発生する南海トラフ巨大地震であり、いつ起こるか分からない内陸直下地震だ。 国内の災害を振り返ると、1959(昭和34)年の伊勢湾台風までは毎年2千人ほどが犠牲となっていた。この台風禍がきっかけとなった災害対策基本法の制定以降、自然災害による死者・行方不明者は急減し、災害を克服したと勘違いしていたのかもしれない。地震、津波対策はできていなかった。
95年1月に直下型地震の阪神・淡路大震災が発生した。被害状況を調べると、神戸市内の犠牲者の約83%は、倒壊した家や家具の下敷きになって亡くなった。約9割が津波の犠牲となった東日本大震災(2011年3月11日)でも、5%は家屋倒壊などで亡くなっている。津波が発生すれば、まず逃げる。家は耐震化し家具を固定、火を出さないようにする。みなさん、取り組んでいますか?
いつ来るのか分からない地震に備えなければならない。人は自分に都合よくリスクを低く見積もる傾向がある。認知的不協和と呼ばれるものだ。多くの人がしないといけないと思いながら、時間とともに風化し、忘れる。大切だけど、後回しにする。災害の度に繰り返される。例えば、自分たちの地域には断層がないから大丈夫と思っている人は多いかもしれない。ここは注意してほしい。マグニチュード(M)7クラスの地震は断層がないと思われていたところで発生し、後から見つかっている。断層が前もって確認されていて起こったのは、16年4月の熊本地震が初めてだ。
防災対策は地域単位や企業レベルで進められている。さらに、住民や企業の従業員、その家族といった個人が被災後に元の生活に戻るための生活継続計画(LCP)の作成を提唱している。家具の固定など事前の対策に加えて、家族との連絡方法や避難生活といった災害発生後の対応を決めておくものだ。取り組んでほしい。
さて、法律上の対策では東海地震に備えた「大規模地震対策特別措置法」があり、地震の予知を前提にしている。首相が警戒宣言を出す仕組みで、自治体が事前に計画を立て、地震が発生すれば国を挙げて対策する。
南海トラフ巨大地震についてはどうか。政府は昨年7月、「予知はできない」と結論づけた。台風などの豪雨災害のような予測はできない。一方、気象庁は同11月、被害が想定される全域の住民に警戒を呼び掛ける「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することにした。南海トラフ全域を対象に、前震や地殻変動などの異常な現象を観測した場合や、巨大地震発生の可能性が相対的に高まった場合に発表する。
発表の内容は、確度が高くなく、あいまいなものになってくる。そのような情報をどのように使いこなすか。静岡県や高知県、中部経済界をモデル地区に検討を始めている。企業サイドから聞こえてくるのは対応が難しいとの意見だ。政府の対応が決まっていないのに企業はどうすべきか。それでも、全体の被害を軽減するために、この情報をうまく使うことが大事になってくる。突発的な直下地震への対策を取りながら、南海トラフ巨大地震に備えてほしい。(宮田 一裕)
講師略歴(講演時)=1955年兵庫県生まれ、理学博士。神戸大学大学院理学研究科、東京大学大学院理学系研究科をへて82年気象庁入庁。地震津波監視課長や地震予知情報課長、東京管区気象台長などを歴任。2015年4月から愛知工業大学工学部教授、16年4月同地域防災研究センター長就任。著書に「火山に強くなる本」(山と渓谷社・共著、2003年)、「世界の災害の今を知るシリーズ 津波」及び「同シリーズ 地震」(文溪堂、06年)、「災害情報論入門」(弘文堂・共著、08年)などがある。
気象庁では地震津波監視システムの構築や「緊急地震速報」の開発、噴火警報の運用開始など、防災情報の高度化・迅速化に取り組んだ。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)では被害調査を指揮し、震度7の激しい揺れが襲ったいわゆる「震災の帯」を特定、のちの地震観測網強化につなげた。政府の中央防災会議の調査会等でも防災対策の企画立案に従事し、現在は内閣府政策参与を務めている。東京大学大学院情報学環(旧・新聞研)の故・廣井脩教授が設立した「日本災害情報学会」では中心メンバーとして活動し、行政や研究機関、マスメディアなどの組織を超えた連携を橋渡ししてきた。防災関係者の間では「親分肌」の人物として知られ、様々な分野の人々を居酒屋に集めては、深夜まで熱い議論を交わす一面もある。