【見捨てられた人びとによる不公正への怒りの爆発が連鎖的に噴火のように続いてしまっている】

226回 330

同志社大大学院教授
内藤 正典 氏
「今、イスラムを知る!」

  イスラムの基本的な知識を持ってほしい。イスラム世界は広いがあちこちで不安定化する恐れが出てきている。ヨーロッパにも多くのイスラム教徒の移民がいる。
 イスラム教は一神教なので、神はアッラーしかいない。創始者ムハンマドは神から啓示、メッセージを預かった預言者だ。預言者はたくさんいて最初がユダヤ教、次がキリスト教、最後にできたのがイスラム教だ。よく誤解されているが、イスラム教はいくつかの点でユダヤ教やキリスト教を批判するが、決して憎んでいない。
 託された神のメッセージを本にしたのが、クルアーン(コーラン)だ。だからそれを毀損すると強い怒りを買う。イスラム教では人間は平等で、人種、民族による差は認めない。身分格差も認めない。ムスリムとはイスラームする人のことで、イスラームするというのは、唯一絶対の神(アッラー)に全面的に従う、神様に最後は全面的に身を預けることを指す。
 来世の感覚について知ることも重要だ。洗脳された自爆テロリストだけでなく、すべてのイスラム教徒が来世を信じている。様々な戒律があり、私たちの感覚からすると厳しいと思われがちだが、人間は欲望に弱い存在という人間観があり、寛容性がある。
 自由についての考え方の違いは大きい。ムスリムの自由は神とともにある自由。一方、近代西欧社会の自由は神から離れる自由。イスラム教徒は西欧社会の自由を自由とは絶対に解釈しない。西洋の理性中心主義でイスラム教徒を啓蒙しようと思っても無理だ。まったく違うパラダイムで生きていることを知らねばならない。
 中東でなぜ今のような大混乱が起きているのかというと、様々な不公正があるからだ。国境線はイギリスとフランスが、住んでいる人間のことを考えずに引いた。イラク戦争でイラクを破壊してしまった結果、国が分裂してしまった。内線が続くシリアは国際社会から見捨てられてきた。イスラエルの攻撃で昨年2千人以上の死者が出た。うち5百人は子どもです。こうした事態がずっと続いている。
 今のテロの脅威は、単純化していうなら、見捨てられた人びとによる不公正への怒りの爆発が連鎖的に噴火のように続いてしまっていることだ。怒りの源泉には非戦闘員である子どもや女性、高齢者の殺害がある。それに対する怒りはテロリストであってもなくてもみんな同じだ。その中から、テロリストが出る。現状で5万人に1人くらいだとすると、それが1万人に1人になり、5千人に1人になったらどうなるか。世界中で15億人もいるイスラム教徒の中から、1万人に1人テロリストが出たら途方もない数になる。
 彼らをテロにかき立てているのは、洗脳ではない。中東で日々起きている、子どもが非常に凄惨な形の死に方で命を落としていること、その母が殺されていることそのものだ。それらの画像がテレビで毎日のように流れている。
 イスラム国はこれまでの領域国民国家を否定し、主権は「神」の手にあり、人間の手にはないとしている。国民国家ではないから立憲主義は不可能だ。神の法であるイスラーム法が至高の法としている。イスラムの原点に帰ろうということだが、暴力的な聖戦で敵を殲滅しようという思いに極端に固執している。やっていることがあまりに暴力的で、イスラムの寛容な面がまったく出ていない。
(堀田 昇吾)

 講師略歴(講演時)=1956年東京生まれ。79年東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。81年同大学院理学系研究科地理学専攻修士課程修了。82年同博士課程退学。82年東京大学助手、86年一橋大学社会学部専任講師、89年同助教授、97年同教授。2010年より同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。この間、8183年にシリア・ダマスカス大学留学、9092年にトルコ、アンカラ大学政治学部客員研究員。専門は現代イスラム地域研究、ヨーロッパのイスラム問題。
 主な著書に、『イスラム戦争、中東崩壊と欧米の敗北』、『イスラムの怒り』(集英社)、『イスラム、癒しの知恵』(集英社新書)、『ヨーロッパとイスラーム』(岩波新書)、『激動のトルコ』(明石書店・編著)など。