失敗から学ぶことはいやでもやらざるを得ないが 失敗の一歩手前から学ぶ方がもっと大事だ

238回 2016512

前内閣危機管理監元警視総監
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事
米村 敏朗 氏
「危機管理の実践~サミットと五輪を控え~」

 私は2011年12月に内閣危機管理監に就任し2014年2月に退官した。内閣危機管理監は総理の任命だが、自分なりに2年で辞めようと思っていた。いざという時は30分以内に駆けつけ、今後の対策を取っていくポジション。色々な情報が入ってくる中で先々の状況を想像しながら、どう対応していくかブレーンストーミングをする。危機管理のポイントは、基本的には「想像と準備」だと思っている。
 具体的に説明するとアメリカで起きた01年の9.11テロだが、「なぜ防ぐことができなかったのか」。テロ対策は未然防止が一番大事。ジュリアーニ氏がニューヨーク市長を辞め来日時に語った印象的な言葉がある。ある質問に対して「大事なのは準備だ」と答えた。彼は94年1月1日に市長に就任したが、その前年の93年2月26日にワールドトレードセンタービルで1000人以上が負傷するテロが発生した。この事件を踏まえ彼は訓練を何回もやった。その思いが9.11テロ対応にあたって、やっぱり大事なのは「準備だ」という言葉になったのだと思う。アルカイダのテロリストが航空機をハイジャックするだけでなく自ら操縦かんを握ってWTCに突っ込むことまで想像していた訳ではない。CIAもFBIも兆候があったにもかわらず、そこまで想像していなかったからあのテロを許した。93年のテロ首謀者はラムジ・ユセフというパキスタン人で事件の5カ月前に偽造パスポートで入国しテロを起こし逃亡したが、95年2月にイスラマバードで逮捕された。
 9.11テロはラムジ・ユセフの叔父ハリド・シェイク・モハメドが計画立案責任者になった。このテロを分析すると興味深いことがある。4機の航空機をハイジャックしたが、3機の人数は5人で1機は4人だった。20番目の男がいたのではないかと言われている。ザカリアス・ムサウイという人物で、アメリカで飛行訓練を受けていたが不審に思われ移民法違反で逮捕された。この情報はFBI本局に送られたが結果的に無視された。
そもそも危機管理はゼロからのスタートでいかにマイナス点を小さくするか、だ。失敗から学ぶことはいやでもやらざるを得ないが、失敗の一歩手前から学ぶ方がもっと大事だ。ところが失敗の一歩手前は失敗ではないのでそれで済んでいる。実際はそこから学ばないと次の備えは効かない。
 9.11テロはなぜ情報が生かされなかったのか。最近読んで「なるほど、その通りだ」と思ったのが「サイロ・エフェクト」という本。サイロは穀物を貯蔵する塔。テロ対策は高度な専門的知識が必要で、それぞれが分業化している。そうしないと非効率になるし専門的分析はできない。ところがサイロ同士でコミュニケーションが取れなくなってしまうことがある。FBIもCIAもサイロ・エフェクトの失敗で大きな教訓だ。
 昨年11月のフランス同時多発テロは一言でいえばインテリジェンスの敗北だ。日本でも失敗があった。95年3月20日の地下鉄サリン事件だ。危機管理で必要なことは先ほども述べたように失敗もしくは失敗の一歩手前を正確に直視しネクストワンを防ぐことだ。
 2020年東京五輪で一番やっかいなのはサイバーテロ。情報なくしてほとんどの場合セキュリティーが確保できない。政府を挙げてサイバーセキュリティーを考えていかなければならない。(谷本 和之)

講師略歴(講演時)=1951年生まれ。兵庫県出身。74年、京都大学法学部を卒業し、同年4月に警察庁に入庁。
在ユーゴスラビア日本国大使館一等書記官、秋田県警本部長、警察庁外事課長、警察庁警備企画課長、警視庁公安部長、警察庁長官官房審議官(警備局担当)などを経て、
2004年6月に大阪府警本部長に就任した。その後、05年警視庁副総監、06年警察庁警備局長などを歴任し、08年8月に第87代警視総監に就任した。
 警備・公安の経験を豊富に積み、「現場派」を自認し、仕事に取り組んだ。さまざまなポストで北朝鮮による日本人拉致事件の解明に尽力し、04年の小泉純一郎首相の訪朝にも同行した。小渕恵三首相時代には、首相秘書官を務めた。10年1月に退官後、1112月から14年2月まで2年2か月にわたって内閣危機管理監を務め、同年3月に東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事。セブン&アイ・ホールディングスの社外取締役など民間企業のお目付け役としても力を発揮する。