戦況は武器不足のウクライナ、兵力不足のロシア 「プーチン後」のリスクにも警戒が必要

2022年6月27日
大和大学教授   
佐々木 正明ささき まさあき 氏
「終わりが見えない『プーチンの戦争』開戦4か月今後の展開は」

 私はロシアによるウクライナ侵攻を止めるのはロシア国内の世論と社会情勢だと強く思っている。今回はベールに包まれつつあるロシア国内から伝わる息づかいをできる限りお伝えしたい。
 まず、この戦争は8年前からずっと続いている。ウクライナの親ロ派のヤヌコビッチ政権が崩壊し、ロシアがクリミア半島を併合。ドネツク、ルガンスク、ドンバスなど東部ではたびたび戦闘や事件が起こり、今年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻した。
 ウクライナは国土が肥沃で小麦やトウモロコシの輸出国でポテンシャルはあるのにこの25年間、発展しなかった。深刻な政治汚職が原因だ。ロシアのくびきにあると発展しない。国民は政治的腐敗に厳しい規定がある欧州連合(EU)に加盟したいと考えた。
 プーチン政権は当初、電撃作戦で首都キーウを陥落させた後、ロシアに都合のいい大統領を立ててウクライナを併合、編入しようと考えていたが、作戦は失敗した。圧倒的な通常戦力を持つロシアに対し、ウクライナは電脳空間を押さえて戦いを挑んだ。今回の戦争はSNSで見る戦争、スマホで映した戦争と言われるが、現場の映像がかなり出てきて、世界の人々の怒りを引き起こした。
 今の戦況を単純化すると、武器不足のウクライナ、兵力不足のロシアとなる。戦況を分けるのが死者数だ。ウクライナは南部マリウポリの激しい戦闘を含むと死者は数万人単位に上るのではないか。キーウ経済大学の試算ではインフラの被害は14兆円。GDPの5倍に膨らんでいる。兵力不足も起きる可能性があり、ウクライナにとって正念場になっている。
 ロシアの死者はおそらく1万5000人以上。1日あたり戦費は1180億円に上るが、石油・ガス価格が高騰し、ロシアはその売買で戦費を上回る収入を得ているという報告がある。ロシアのルーブルも落ち着いてきており、経済制裁が効いていない。
 開戦から4か月たって地政学的な激変が起き、「プーチンがいる世界」といわれている。地域紛争ではなくて、世界がどんどん変わってきている。エネルギー危機、食糧危機、肥料危機、物価上昇、経済危機、国連の無力化、人道危機、SNS上での戦争。フィンランドは北大西洋条約機構(NATO)加盟を申請し、ドイツは国防費を増額してエネルギー政策も転換した。中国の台湾政策にも影響を与えかねない。核兵器の廃絶にも逆行する動きだ。
 BBCは6月、「消耗戦が続く」「プーチン大統領が停戦宣言をする」「停戦合意後も膠着状態に陥る」「ウクライナ勝利」「ロシア勝利」という5つのシナリオを示した。消耗戦の継続が確率としては高いが、ロシアは戦時宣言を出して大量動員する可能性がある。ロシアが停戦宣言をして東部2州を支配下において下がったとしても、これはプーチンの戦略。停戦合意後も膠着状態に陥るだろう。「ウクライナ勝利」の場合はロシア側は大量破壊兵器を使う恐れがある。ロシアが勝利するとゼレンスキーが西側に兵器の追加供給をお願いする。
 さて、開戦後のプーチン支持率の上昇には3つの理由がある。まずロシア人には今回の戦争の相手がアメリカであるという意識がある。ウクライナはネオナチというプロパガンダに踊らされている。そしてウクライナ侵攻への無関心層が増えている。5月22日時点で、全体で無関心層は43%。20代は6割に達する。3つ目がよみがえるソ連時代の記憶だ。反体制派は抹殺され、病院送りにされた。今も広場に出れば捕まり、懲役15年の恐れもある。
 反戦、反政権が政権打倒へ転化することをプーチンは恐れている。ロシアのクーデターや政権転覆は必ず大都市で起きてきた。モスクワやサンクトペテルブルクの若者の動きが非常に大事だと思う。ただ、そうした運動は起きるのか?経済制裁の影響が出ていない現時点では、プーチンへの不満はあっても動かないだろう。
 プーチン健康不安説の信憑性はどうか。フランスのマクロン大統領との会談ではかなり席を離しており、コロナ重篤化のリスクがある何らかの病気にかかっているとみたほうがいい。パーキンソン病という説もある。健康不安説がクレムリンのインナーサークルから各国の諜報機関に伝わっており、クレムリンは一枚岩ではない。
 2024年の大統領選挙はどうなるのか。プーチン自身は自分が元気なうちに若いリーダーに譲って院政を敷こうと考えているようだ。後継者候補は前大統領のメドベージェフ氏、モスクワ市長のソビャーニン氏、安全保障会議書記のパトルシェフ氏。プーチン路線を最も踏襲しやすいのはパトルシェフ氏だと思う。サンクトペテルブルク出身でプーチンの幼なじみ。国家保安委員会(KGB)出身の側近だ。若手で最有力なのは大統領府第1副長官のキリエンコ氏。エリツィン時代からクレムリンの要職に就く有能なテクノクラートで、エリツィン派だ。
 今後、プーチンリスクと内戦勃発の危険性は考慮しておいたほうがよい。青山学院大学の袴田茂樹名誉教授は「ロシアは砂の国」と言っている。多民族国家で国土が広く、帝国主義や共産主義のような規範で固めないとまとまらないという意味だ。2000年代以降にプーチン大統領が規範を担い、プーチン一極支配が起きた。プーチンはリベラル派、タカ派、中間派の頂点に君臨し、あらゆる利害調整に携わり、闘争のエスカレートを防いできたともいわれる。

 「プーチンリスク」はプーチンがいなくなった後のリスクのこと。これまでプーチンが抑えてきた筋金入りのナショナリストがクレムリンの座につけば、核や大量破壊兵器を使うおそれがある。プーチンを支えてきたオリガルヒ(新興財閥)が相次いで亡くなったり行方不明になったりしている。プーチンの力が失われてきて利権争いが起きているのかもしれない。
 政治的圧力を受けているプーチンはウクライナの戦争を勝利で終わらせなければならない。タガが外れれば民族問題が再燃しかねない。ソ連解体直後にはチェチェン紛争などが起きた。プーチン後は誰がリーダーになっても政治的不安は続くと思う。第2幕の勃発さえ可能性がある。それはひょんなことをきっかけにどこかで起こり、一気にユーラシア大陸が流動化するのではないか。来年のG7首脳会議は日本で開かれるが、そのときにプーチン大統領はいるのかどうか。この1年間だけでも何十年間のような変化が起こるのではないかと考えている。(宮内 禎一)

講師略歴(講演時)=ジャーナリスト、大和大学社会学部教授。元産経新聞社記者。1971年、岩手県生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業後、産経新聞社に入社。大阪本社社会部、東京本社外信部を経てモスクワ支局長、リオデジャネイロ支局長、運動部次長、社会部次長を歴任。2021年より現職。著書に「シー・シェパードの正体」(扶桑社新書)、「恐怖の環境テロリスト」(新潮新書)、「『動物の権利』運動の正体」(PHP新書)