拉致問題は米国を気にせず 日本が独自で交渉する 新しいステージに入った

2018619日 特別講演会

龍谷大学教授
李  相哲(り そうてつ)
「どうなる? 朝鮮半島」

 シンガポールで開かれた米朝首脳会談後の共同声明をどう評価すべきか。いくつか問題がある。こういう文書は言葉が大事だが、あいまいで、はっきりした定義がない言葉が目につく。これから北朝鮮は否定したり、違う解釈をしたりする可能性がある。朝鮮半島の非核化も、いつまでというタイムテーブルがなく、どのように実行するのかの方法が示されていない。過去の合意も常に履行の段階で物別れになってきた。北朝鮮が言う朝鮮半島の非核化は、すなわち韓国とその周辺を非核化する、米軍が撤収するということ。これは北の国家目標だ。トランプ米大統領は米韓合同軍事演習を中断し、将来的とはいえ米軍が家に帰る、と言った。これは北朝鮮が65年間追求してきた目標を一部達成したといえる。
 次に、核実験や大陸間弾道弾の発射で国際社会を挑発していた金委員長がなぜ、対話に転じたのか。一つは米国の攻撃を恐れた。米軍は実際に兵員、兵器の配備など、戦争の準備を整えていた。もう一つは、国際的な経済制裁に耐えられなくなったことだ。北朝鮮はことし9月に建国70周年を迎えるが、人民が腹一杯食べられないと政権にがっかりする。金委員長は、1930年代の金日成が関東軍に追われて、飢えと寒さに耐えて逃げ回った「苦難の行軍」の再現はないと言っている。
 それにしては会談で、北朝鮮は強い立場で、ゆったりと構えていた。背景としては、まずは中国に泣きついた。非核化の意思はあるが、経済制裁の解除までしのぐ必要があるとして経済援助を求め、支援を取り付けた。次に韓国との間では当面、いろいろなイベントが計画されており、米国は手を出しにくく、攻撃の懸念はないとみた。この結果、会談で北朝鮮は、米国が体制保障しない限り、CVIDに同意しないと突っぱねた。
 北朝鮮はどうしてここまで核にこだわるのか。米国の敵視政策で、核を持たないと攻撃されるというが、そんなことはない。国内宣伝用だ。体制保障のためともいうが、核がないと国が守れないことはない。ただ核を持てば、国内で人権を踏みにじるなどの悪事を働いても外国が介入できない。
 ではなぜ北朝鮮は核を持ってはいけないか。米国が許さない理由は3つ。第1に核拡散の可能性がある。第2に抑止のためでなく、本当に使うかもしれない。第3にこれが最大の理由で、北が不良政権だから。核がない時から、テロ、拉致などを悪いと思わなかった。核兵器はもちろん悪い。ただ同じ物でも、誰が持っているかが重要なポイント。言いにくいが、非核化に集中するより、核を持っている人を排除するのが効率的で、理にかなっている。国際社会が尊重するような政府ができればおのずと問題は解決する。
 今後のポンペオ長官の交渉結果を見守る必要があるが、米側も北の核をほぼ認める方向にある。北は既に作った核は手放さない。これから作る核、施設の廃棄などはするだろうが。北は核を持ったまま見返りを求め、米側と段階的に軍縮交渉するだろう。
 拉致問題について、日本はこれまで米国による北朝鮮の非核化交渉を待ってからという姿勢だったが、今回、非核化には少なくとも2年以上のプロセスがかかることがはっきりし、もう待てない。拉致問題は米国を気にせず、日本が独自で交渉する新しいステージに入った。ただ、北朝鮮にとって拉致問題を解決する動機は乏しい。北朝鮮が本当の意味で国際社会に受け入れられ、不良国家のレッテルをはずすには、国際的に広く知られる拉致問題の解決が試金石となる。そうしないと北朝鮮の明るい未来はない、というロジックで日本は正攻法で交渉することが必要だ。(長坂 誠)

講師略歴(講演時)=龍谷大学社会学部教授(専門は東アジアの近代史・メディア史)。中国生まれ。中国北京中央民族大学卒業後、新聞記者を経て1987年に来日。上智大学大学院で博士学位(Ph.D.新聞学)取得。98年から現職。同年に日本国籍を取得した。旧満州、植民地時代の朝鮮半島の新聞史、現代韓国、北朝鮮情勢を分析した論文や著書は多数。大学の講義と研究活動のほか、各テレビ局のニュース番組や討論番組に出演し、新聞・雑誌上でも連載記事、インタビュー、コメントを発表するなど情報発信に精力的に取り組んでいる。主な著書に、『満州における日本人経営新聞の歴史』(2000、凱風社)『金正日と金正恩の正体)』(文春新書、2011)、『東アジアのアイデンティティ―日中韓はここが違う』(凱風社、2012)、『金正日秘録 金正恩政権はなぜ崩壊しないのか』(産経新聞出版、2016)、『日中韓メディアの衝突』(編著、ミネルヴァ書房、2017)など。