「人材減少、ダイバーシティー、経済的困難が課題 」「マスタープランがないといつまでも欧米の後追い」


講演の模様をYoutubeにアップしました。

第281回 2021年12月8日
京都大学総長    
湊 長博みなと ながひろ湊 長博氏
「我が国の研究大学の現状と課題」

 研究と大学の考え方について、日本と欧米では歴史が違う。欧米で初めて大学院ができたのはアメリカのジョンズ・ホプキンス大学で19世紀後半。大学は教養を積むところだったが、それに加え高度な研究に携わる博士をつくろうと、新しい教育課程として大学院が生まれた。研究のモチベーションとなったのが奨学金。当時年間の授業料が80㌦だったのに対して奨学金が500㌦もらえて博士をとる勉強ができたという。これでジョンズ・ホプキンス大学には世界中の大学を出た優秀な若者が集まった。その後、ハーバードやイエールなどの主要大学が大学院を設置するようになり、20世紀初めに今の形がつくられた。
 同じ頃のヨーロッパは第2次産業革命が始まり、当時、研究は民間がやるもので大学は教養教育の場だった。ところが新興国だったドイツが、研究は大学でやったほうがいいと主張して19世紀後半、大学の中で研究をする機運が高まった。これがフンボルト理念だ。
 日本では1897年に京都帝国大学、今の京都大学ができたときにフンボルト理念で行こうということになり、研究を通して教育するコンセプトをつくった。
 日本の研究大学にはどんな課題があるのか。教育情報誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」は5つの指標で1600を超える世界の大学をランク付けしている。京都大学は最新版のランキングで総合61位。指標別では、教育24位、研究29位、被引用論文620位、国際性946位、産業界収入は117位。日本の多くの大学は同様の傾向だが、中国の大学がランクを上げている。
 課題のひとつは研究人材の減少だ。18歳人口は30年前と比べ半分近くになり、若者の絶対数が減少すれば確実に研究人口は減る。さらに日本には奨学金が少なく、経済的な問題から大学院の進学者が減る。博士号を取っても日本ではキャリアパスが見えないことも若者を躊躇させる大きな要因だ。欧米の場合、大学院で学位を取ってから企業に入る人も多い。弁護士になるか、研究職の場合はポスドクという博士研究員になるか、ポジションがはっきりしているが、日本の場合は大学院に行っても次のキャリアにつながる保証はない。

 もうひとつはダイバーシティー。日本の国立大学は、常勤教員に占める女性の割合が欧米と比べかなり低い。男子は理系、女子は文系というアンコンシャスバイアス(根拠のない思い込み)があるのなら損失だ。
 次に研究環境の問題だが、日本の大学ではデパートメント化がなくタコつぼ化している。伝統的に小講座制で、同じ学部学科の中で教室が分かれ、各教室に教授1人、准教授1人、講師1人に学生が何人か入るという最小ユニットになっている。学生は小さなボックスに入ってしまい、俗人的な関係の中でなかなか自由には動けない構造的問題がある。アメリカのデパートメントは教授が十数人いる。そのうち1人がChairで、准教授が十数人。講師も学生も大勢いる。ハーバードでは生物学領域の共通機器部門にさまざまな技術者がいて誰でもアクセスできる。誰が行っても区別なく相談にのってくれる。
 次に基金の問題。世界の代表的な大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校とサンディエゴ校の年間の財政規模を、日本の国立大学が法人化した2004年以降の経年で比較すると、ともに急成長していることがわかる。ハイデルベルク大学も伸びている。カリフォルニア大学は病院収入と授業料収入が成長し、ハイデルベルク大学も病院収入が伸びている。日本にはこの部分で成長する基盤がない。
 日本と欧米とでは附属病院のシステムが全く違う。日本の場合、たとえば京都大学医学部附属病院は100%大学の組織。医学部の教員は医学部生の教育と同時に大学院生の教育、研修医の研修指導、診療もする。国民皆保険制度のもとなので非営利だ。
 一方、アメリカでは関連病院が100%大学には入っていない。大学医療センターという大学とは別組織で管理しているので、独自システムで診療行為をする。病院をどんどん拡張でき、得た資金を大学に還元できる。ハーバードの場合は、大学と病院は全く別で病院は民間のプロの病院組織で営利を目的に徹底的にやる。教員は卒後教育の部分でジョイントする。そもそも日本とは制度が違うので、日本の大学病院をどうするかはこれから議論になると思う。
 もうひとつ、企業との間で組織連携する時に、日本では大きい共同研究をすればするほど大学にとって経済的にマイナスになる。これを改善しなければ大学の成長につながらない。
 京都大学ではオープンイノベーションを実施している。大学院が18、30を超える研究所・センター、さらに附属病院が1あり、テーマを決めて共同研究をする。大きな成果が出た場合には大学にロイヤリティーが入る。今、スタートアップベンチャーに民間のファンドも入れて育てようとしている。ここ数年で250くらいが立ち上がり、上場したものも出ている。大学も出資しているのでキャピタルゲインが入る。企業も金融機関も参入でき大学の雇用にもつながるので、拡げていきたい。

 今回のコロナ禍から学んだことは、健康や医療に関わる公的な研究情報機関の機能が弱いこと。感染症に関しては国立感染症研究所があるが、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)とは比べものにならず、新型コロナのような事態に対応する公的機関が必要ではないかということだ。もうひとつは、大学や民間の研究機関の連携がヨーロッパは早いが日本は遅かった。CDCはとても大きな組織で本部だけで約7000人、支部をあわせると約1万5000人の職員がいる。医師ら専門家が常時、感染症だけではなく、すべての医療情報の収集と検討にあたっている。日本は恒常的な機関が弱い。国として対応できるようにしておくべきだ。
 イギリスでは多数の学術研究機関が連携してCOG│UKというコンソーシアムをつくっている。ここに所属する全病院のすべてのPCR検査のサンプルが入り、膨大な情報を全て公開している。このような連携は日本ではできない。
 長期ビジョンについて。アメリカ東海岸の有名8大学のアイビーリーグは約400年の歴史を持つ。かつては富裕層が行く名門だったが、選抜性の高い超難関校になり、高額な奨学金を出すようになった。今や授業料は500万円以上だが、優秀な成績の学生は払えなくても入学を断らない。レガシー枠というOBや寄付者の枠もあり、大学に個性がある。
 カリフォルニア大学は全く別で、1960年にしっかりとしたマスタープランができ、3区分の大学を作った。ひとつはUC(University of California)で10のキャンパスがある。ミッションは明確で、州民のトップ12・5%の学生を入れる。学士と修士、博士までの大学院があり、主として研究に責任を持ち、教員養成に対しては主たる責任を負わない。2つめはCSU(California State University)で23のキャンパスがある。州民の希望者のトップおよそ30%の学生を入れる。大学院は修士まで。研究には主たる責任を持たず、責任を持つのは教員養成。3つめがCCC(California Community College)で約110のキャンパスがあり、希望者は全て入れる。短期大学に相当し、教養教育、職業教育などをおこなう。努力すればCSUやUCに上がることができる。
 毎年のノーベル賞受賞者にカリフォルニア大学が入っていないとことはまずない。日本の研究大学もマスタープランを定め、構造改革しなければ、いつまでたっても後追いになってしまう。(山崎 真一)


ゲスト略歴(講演時)=1951年、富山県生まれ。医学博士。専門は免疫学。1975年京都大学医学部卒業後、京都大学研修医、米国アルバート・アインシュタイン医科大学研究員、自治医科大学内科助教授などを経て、1992年に京都大学医学部教授に就任。2010年京都大学医学研究科長・医学部長、2014年京都大学理事・副学長、2017年10月よりプロボストを務めた後、2020年10月より第27代京都大学総長に就任。免疫細胞生物学の多彩な基礎研究を展開、2018年ノーベル生理学・医学賞受賞者本庶佑教授の共同研究者として新しいがん免疫療法の開発に貢献。最近は免疫老化研究にも新局面を開いている。2014年JCA-CHAAOAward(日本癌学会)、2016年創薬科学賞(日本薬学会)、2018年岡本国際賞など受賞。220を超える原著論文の他、訳書に『免疫学』(メディカルサイエンスインターナショナル、1999年)などがある。