第249回 2017年6月20日
文化庁長官
宮田 亮平 氏
「ときめきのとき~文化とは~」
次の時代にいいものを運んでくれる人を芸術家の中から育てたい。東京芸大の学長の時に人を育てるには、芸術の行商人になることだと考えた。空(から)のリヤカーは絶対に引かない。山にあるすばらしいものを海に持って行き海のものと交換し、海のすばらしいものを山のものと交換する。それぞれの新鮮なものを里へ持って行くと、醸成される。山と海は「新鮮」、里は「醸成」というマッチングによって、グレードがアップして確実に面白いものができる。
その面白いものを伝えてくれるのがメディアだ。メディアは、いいものはあまり評価してくれないが、そうではないものに対しては批判する。それでも頑張って、いいものも作る人を、大切にしたいと思っている。
きょう大阪に来る前に色紙にメッセージを依頼され、こんな字を書いてきた。この字は中国の殷時代の書体で「躾(しつけ)」だ。左は人が横たわっている形で、それぞれの部分が顔、手、おなか、足を表す。おなかは身ごもっており、美しい未来を託す姿だ。右は「羊」が「大きい」を表している。大きい羊は毛が多く、肉もおいしく美しい。今は「しつけが悪い」などと言われ、しつけは「課する」ものだが、昔は「美しい姿をつくる」との意味だった。この言葉を皆さんに贈りたい。
文化庁は移転に関して8月末を目指して議論を重ねている。関西だからこそできる面白さ、同時に東京でないとできないことを明確にしたい。日本というものの存在を示し、世界的に文化を担っていくには、一極集中ではだめだ。
それを踏まえ「地域文化創生本部」を京都に設置している。「総括・政策研究グループ」「暮らしの文化・アートグループ」「広域文化観光・まちづくりグループ」の3本柱がそれぞれの業務を行っている。個人的には、できれば現在の予算を3倍にしてより機能強化を図っていきたいと考える。
昨年、文化庁長官に就任し、改めて周りを見てみると、これが文化の発信場所とはとても思えなかった。庁内も殺風景だった。芸大生にポスターやオブジェを作ってもらい、また東京2020文化オリンピアードやスポーツ・文化・ワールドフォーラムなどのイベントもやってきた。
自分の作品で結構失敗をした。列車の車輪をモチーフにした陶板画を作ったら辛子レンコンに間違われたり、ラーメン丼からずり落ちないレンゲを作ったところ素材が銀で熱くて持てなかったり。だが、失敗してもやり切った方が面白いものだ。
文化は結果的に経済効果をもたらす。稼ぐ話をすると嫌がる人もいるが、食って行かなければ何もできない。いい材料で、いい道具を使わないといいのものはできない。学生たちには自分自身に投資しろと言っている。いいノミを持ち、いい素材を使えば、必ずいいものができる。何倍にもなって返ってくる。(作者と発注者の)両方が確実に幸せを感じる。
文化、経済、観光と3つが一体とならないといけない。いわば三輪車だ。ときには、経済がハンドルを握り、観光や文化がハンドルを握ることもある。ともに発展していけばいい。
(谷本 和之)
講師略歴(講演時)=金工作家。1945年に新潟県佐渡で蝋型(ろうがた)鋳金(ちゅうきん)作家の2代目宮田藍堂(らんどう)の3男として生まれる。
72年に東京藝術大学大学院 美術研究科 工芸専門課程(鍛金専攻)を修了。
イルカをモチーフとした「シュプリンゲン」シリーズなどの作品で、「宮田亮平展」をはじめとして、国内外で多数の展覧会に参加。「日展」内閣総理大臣賞や、「日本現代工芸美術展」内閣総理大臣賞など数々の賞を受賞し、2012年に日本芸術院賞を受賞した。
2005年から東京藝術大学学長を2期10年にわたって務め、大学経営にあたった後、2016年4月、文化庁長官に就任した。この間、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「東京2020エンブレム委員会」委員長も務めた。