第262回 2018年11月28日
立命館大学古気候学研究センター長
中川 毅氏
私たちはどんな地球で暮らしたいのか
-古気候学が語る「今と似ていない時代」-
私が研究する古気候学は何万年、何億年前の地球で起こった気候変動について、か細い手がかりを元に復元し、理解するという地質学の一分野だ。古気候学の観点からまず申し上げたいのが、「気候変動はおそらく、絶対に止まらない」ということだ。
過去5億年間の地球を見ると、およそ1億5千万年のサイクルで温暖化と寒冷化を繰り返している。また、過去50万年の気候変動をグラフにすると、10万年周期で氷期とその後の暖かい時代を繰り返している。長いスケールの気候変動は銀河系の中の太陽系の運動や、地球の公転軌道で起こっており、絶対に止めようがない。ならば氷期は現代とどう違うのか。それを明らかにするのは古気候学の大きなテーマだ。
デンマーク・コペンハーゲン大学のニールス・ボーア研究所のグループは、グリーンランドで過去10万年間、夏も冬も降り続けた厚さ3千メートルの雪の層を、一枚いちまいすべて分析し、過去の温度の変化を復元した。その結果、氷期というのは単に寒いだけでなく、短いスケールで起こる変動を含んだ極めて不安定な時代であることがわかった。変化が大きなものでは7年〜10年の間に7℃ぐらい気温が変わっていた。氷期は気候が暴れていた時代なのだ。
それに匹敵する研究を日本でやりたいと思い、私は福井県の水月湖を20年近く研究している。水月湖の底には「年縞」という地層があり、過去7万年分の情報が保存されている。私たちのチームは2006年から6年かけて、7万年分の地層を全部数え上げた。これは世界で一番正確に年代がわかる資料としての評価を確立した。2013年から実際に時代を特定する世界標準の「時代のものさし」として運用されている。
もし、また氷期になると農耕を基盤に巨大な人口を支える今の社会は、まず間違いなく崩壊する。氷期の到来は、可能性として人間社会に起こりうる最大級の自然災害となる可能性がある。
では、現代の温かい時代はどれくらい続くのか。これについて古気候学は最近、いくつかの新しい知見を得ている。過去50万年の間に、地球は10万年周期で温かい時代と氷期とを繰り返している。過去3回の温かい時代は、3千年から1万年を超えるくらい、短いと1千年〜2千年くらいしか続いていない。現在は1万1600年間、ほとんど変わらない状態で暖かい気候が続いている。これは異様なまでに長い温暖な時代だ。
バージニア大学のウィリアム・ラディマン教授という有名な海洋地質学者が2003年に面白い学説を出した。強い温室効果のあるメタンが水耕栽培の普及により5千年前から、二酸化炭素が欧州の森林伐採により8千年前から、ともに急激に増加した結果、温暖化が進み、本来すでに来ているはずだった氷河期を回避した、という主張だ。私が信頼する気候モデルの専門家も、論文で本来ならば10万年周期の氷河期が来ているはずだが、それをなかったことにするだけの温室効果ガスが蓄積されているとしている。
温暖化がいいことなのか、悪いことなのか私にはわからない。ただ、私たちが当たり前だと思っている現代の安定した気候、その上に成り立っている現代の文明は、思っている以上に脆弱な基盤の上に成り立っている。(内田 博文)
講師略歴(講演時)=1968年東京都生まれ。京都大学理学部卒業、エクス・マルセイユ第三大学(仏)博士課程終了、Docteur en Sciences(理学博士)。国際日本文化研究センター助手、ニューカッスル大学(英)教授などを経て、2014年より立命館大学古気候学研究センター長。専門は古気候学、地質年代学。趣味はオリジナル実験装置の発明(無駄な完成度を追求しすぎる傾向あり=本人の弁)。2013年、水月湖年縞研究国際プロジェクトのリーダーとして「大和エイドリアン賞」を受賞、文部科学省の「ナイスステップな研究者」にも選ばれた。2017年、『人類と気候の10万年史』で講談社科学出版賞。
「分かりやすいドグマを持つことを意識的に避けてきた」ので、座右の銘はないが、「開拓者は矢を受け、入植者は土地を手に入れる」という言葉を思い出すことが多いという。