大阪・関西万博でマイiPS細胞を披露したい

特別講演会 2019年2月1日
京都大学iPS細胞研究所長・教授
山中 伸弥やまなか しんや
「iPS細胞がひらく新しい医学」

 

山中伸弥教授

 父は、東大阪市内で小さな町工場を経営していた。私が中学生くらいの時に、仕事中にケガをし、治療の際の輸血が原因で肝炎になってしまった。当時の病名はA型でもなくB型でもない、原因がわからない肝炎という診断だった。治療法もなく、父の健康がどんどん損なわれていくのを見て、医学を志した。しかし、父は私が医師になった翌年の1988年に57歳で永眠した。一旦、臨床医になったものの、自分の父にさえ何もしてあげられなかったという無力感に苛まれ、どうしたら父のような、今の医学では治せない病気やケガを治せるようになるのかなと思って始めたのが医学研究だった。
 父が亡くなった翌年に、原因であるC型肝炎ウイルスがアメリカで発見された。世界中の研究者、製薬企業が治療法の開発に取り掛かり、特効薬「ハーボニー」が開発された。日本では2014年に発売され、今やC型肝炎は治せる病気になった。これは成功例だが課題が2つある。
 1つ目は「時間」。原因が見つかったのが1989年。薬が販売されたのが2014年。その間、25年もかかっている。201812月にノーベル賞を受賞された本庶佑先生の「オプジーボ」という画期的な癌の薬。こちらもその元となった遺伝子を見つけられたのは20数年前なので、本庶先生の研究もやはり四半世紀くらいの時間をかけて、ようやく実を結んだ。研究者が必死になってやっつけるべき相手はわかっていても、時間がかかり過ぎる。
 2つ目は「お金」。C型肝炎の特効薬「ハーボニー」は155000円。一人の患者を治すのに、500万円かかる。癌の治療法、オプジーボも高額で、さらに高額な療法もまもなく日本でも承認される。こちらは5000万円。さらに1億円近い治療法もアメリカで登場している。わが国は国民皆保険で、患者の負担は極めて少ない素晴らしい国だが、その分、税金で負担している。高額治療がどんどん出てくれば、今の社会保障制度・国民皆保険がもたない。そういう状況が刻一刻と迫ってきている。国によってはお金持ちの人しかこういう治療にアクセスできない。そうした状況がどんどん広がっている。

特別講演会でiPS細胞を活用した最新の医療を語る山中伸弥教授

 これまで、医学研究開発に携わっている者の使命・目標は、新しい画期的な治療法を提供することだった。しかしこれからは、単に新しい治療法を作るだけではなくて、新しい治療法を低コストで提供して、はじめて成功したといえる。この低コストという概念を新しい医療の開発に携わっている私たち全員が持たないと、本当に大変なことになってしまうと危惧する。
 iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、2006年にネズミで成功し、翌07年には人間で成功した。体には200種類以上の細胞があるが、このiPS細胞は、他のどの細胞にもない2つの能力を持っている。まず1つ目はほぼ無限に増やすことができる。わずかな数の5ミリ四方くらいの薄皮から、iPS細胞を作れ、そこから何億個・何百億個、お金と場所さえあれば何兆個と増やすことができる。もう1つのものすごい性質は、この細胞は増えたあとで、iPS細胞から脳の神経の細胞、心臓の筋肉の細胞、血液の細胞、皮膚の細胞、骨の細胞、ありとあらゆる細胞を少なくとも理論的には作り出すことができる。この2つの性質で、人間の体中のありとあらゆる細胞を大量に、好きな時に、必要な量だけ作り出すことができるようになった。最初は皮膚の細胞から作ったが、今はもっと簡単に採れる血液の細胞から作っている。人間ドックで採血される時に、試験管1本分だけ余分に採血すれば、一人ひとりのiPS細胞を、簡単に作ることができる。
 この技術を用いて、何とか患者さんの役に立ちたい。これを促進するために京都大学が2010年に設立したのが「iPS細胞研究所」。iPS細胞の医療への応用を低コストで目指すというビジョンのもと、600人近い人が頑張っている。
 医療への応用には「再生医療」と「薬の開発」の2つがある。再生医療は、ドナーが不足している移植医療に代わり、臓器を移植しなくても、例えば、肝臓だったら肝臓の細胞を移植すれば治せる可能性がある。そういった機能を再生する。細胞等を移植して機能を再生する、というのが再生医療。移植する細胞を作るための手段として、いくらでも増え、どんな細胞も作れるiPS細胞は最適だ。もう1つの医療への応用は、大量に作った細胞を製薬会社等で薬の開発に使う。ハーボニーの開発に25年かかった理由の1つは研究するための人間の肝臓の細胞がなかなか手に入らず、実験したくてもできなかった。iPS細胞技術を使うと、どんな方からも血液を少しいただけたら、肝臓の細胞を大量に作り出すことができる。今なら25年もかからず開発できるだろう。
 iPS細胞を使った再生医療は日本が世界のトップを独走している。自らの細胞からiPS細胞を作る「自家移植」は理想的な治療法ではあるが、時間とお金がかかるという欠点があるため、臨床実験に成功してもなかなか広がらない。そこで、今私たちがiPS細胞研究所で取り組んでいるのが、再生医療用のiPS細胞ストック事業だ。服に例えて説明すると、患者本人のiPS細胞を使う「自家移植」は完全オーダーメイド。これは理想で、どんな体型の方でもピタッと合う服ができるが、時間がかかり値段も高い。そこで、代表的なサイズの服を大量生産する。
 細胞の場合、サイズは大体一緒だが免疫のタイプが1万種類以上ある。500人から600人に1人の割合で、他の人に細胞を移植しても拒絶反応があまり起こらないという特殊な免疫のタイプを持つ方がいる。このスーパードナーを探し出して、iPS細胞を作っている。今すでに20数名のスーパードナーを見つけてiPS細胞を作り、徹底的に品質評価をして、2015年から出荷を始めた。これまでに出荷した3種類のスーパードナーのiPS細胞で日本人の32%がカバーできる。まもなく出荷予定の、4種類目、5種類目で、日本人の40%がカバーできる。
 このiPS細胞を使って、目の網膜細胞を作り、加齢黄斑変性の患者に対する臨床試験が行われ、すでに効果が確認されている。網膜に続き、日本に10万人以上の患者がいるパーキンソン病の臨床試験も始まっている。癌を攻撃する免疫細胞をiPS細胞で作る研究も進んでいる。
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PS細胞のストック事業は2013年から国家事業として、毎年70億円の予算の大半を国から頂いている。しかし、この事業も2022年で終了予定。その後も、続ける必要がある。この事業によって得た、データの蓄積が重要。このデータを日本だけでなく世界に提供し続ける責任がある。人材の蓄積も重要だ。国からの資金には競争的資金と運営交付金があるが、iPS細胞研究所への資金は大半が競争的資金で、研究者は有期雇用しかできない。若い研究者に安定的な研究環境を与えなければいけない。これを補うために、マラソンを走って寄付を呼びかけている。
 2022年以降も事業を継続するために、研究所の公益法人化を考えている。今はスーパードナーから作るiPS細胞だが、次世代はゲノム編集を使って免疫を書き換えて作る研究を進める。この方法だと、10種類で世界中の人をカバーできる。企業でやると、利益追求のため高い価格になる可能性がある。公益法人から低価格で提供できるようにしたい。2025年の大阪・関西万博の頃には、患者一人ひとりにあった「マイiPS細胞」を、数週間で100万円程度で作れるようにして、万博会場で披露したい。まだまだ発展途上の技術であるので、これからもご支援をお願いしたい。(木原 善隆)

 

講師略歴(講演時)=京都大学iPS細胞研究所長・教授。米国グラッドストーン研究所上席研究員兼務。1987年神戸大学医学部卒業。93年大阪市立大学大学院博士課程修了。医学博士。同年米国グラッドストーン研究所留学。96年大阪市立大学医学部薬理学教室助手。99年奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター助教授、2003年同教授。04年京都大学再生医科学研究所教授、104月より現職。12年には成熟した細胞を多能性を持つ細胞へと初期化できることを発見した理由により、ジョン・ガードン博士とノーベル生理学・医学賞を共同受賞。iPS細胞研究所長として、iPS細胞技術の医療応用を実現するために、iPS細胞を用いた病態解明や創薬、再生医療などの革新的研究を推進している。