「東京では自分も発展していると感じるが、バブルではないか」「豊かな生き方、新しい産業創造のために淡路島に本社」

定例会の模様をYouTubeにアップしました。
第277回 2021年7月13日

パソナグループ代表   
南部 靖之なんぶ やすゆき
「淡路島で実現する『真に豊かな働き方・生き方』」


 私は大阪で創業した。創業地はこの会場から近い南森町(大阪市北区)のビル3階にある一室。大学を卒業する前、友人と4人で見に行き、オーナーのおばちゃんに「お金は無いですけど」と正直に言うと「出世払いでいいから使っていいよ」と言ってくれた。1年間くらい家賃無料で入居させていただいた。
 といってもまだ学生。創業を思い立ったものの、父に「全然駄目だ。学生だからおカネもないし、人脈もない」と言うと「萩に行け。松下村塾、吉田松陰の墓参りをしてこい」と言われた。萩に行くと、吉田松陰が過ごした小さな部屋にあった掛け軸の言葉に目が留まった。「知行合一」(行動してこそ本当の英知であるということ)。私は会社を作ろうと思っていても、決断し、行動していなかった。決断していないと迷い、できない理由を見つけようとする。おカネがない、人脈がない、学生だから……と。でも「やる」と決断した瞬間に、できる方法を見つけ出そうとする。それで私は兄弟や友人らから360万円を借り、「パソナ」の前身「テンポラリーセンター」を大学卒業の1カ月前に興した。
 その後、人材派遣だけでなく、多様なサービスを手がけるようになり、社名をラテン語の「人」に由来する「パソナ」に変えた。私は関西人なので、尊敬する経営者の1人はパナソニックの松下幸之助さん。もう1人は大阪大学出身であるソニーの盛田昭夫さん。「パソナ」という名前は戦前に創業したパナソニックの「パ」、戦後に創業したソニーの「ソ」、これからの経営者である南部の「ナ」で「パソナ」と名付けたと社員にはユーモアを交えて話している。ここまで来られたのは大阪の皆さんに育てていただいたから。大阪の地で、こうして感謝の気持ちを述べられるのは本当に光栄だ。
 ただ東京にいると、全体が大きく発展していて、その中にいれば自分も発展しているように感じる。ふと、これは成長ではなくバブルではないか、と思うようになった。経済が悪化した時を乗り切って大きくなったら成長と言えるが、全体が伸びている時は成長と言わない。そこで私は淡路島へ移り、社員とともに成長しようと思い立った。

淡路島への本社機能移転の目的を説明する南部靖之氏



 パソナグループの本社機能の一部を淡路島へ移転する目的は三つある。一つはBCP、企業の継続性だ。東日本大震災を機に「いつかは本社機能を分散させなければいけない」と感じていた。二つ目は真に豊かな働き方、生き方を実現するため。リーマン・ショックの時、私は仕事が見つからない若者たちを連れて、淡路島に行った。兵庫県がいろいろな仕組みを作ったり予算を取ってくれたりして、それに応募して淡路島で「半農半芸」、半分は農業、半分は芸術をやろうと呼びかけた。落語家の桂文枝さんらも賛同し、応募者から選んだ300人が島に移り住んでくれた。今回は社員向けにやろうということだ。
 三つ目はパソナグループとして夢のある新産業を作るため。東京だと人材ビジネスだけで伸びていけるから、新しい産業を生もうという気にならない。でも淡路島にはビジネスの基盤は何もない。若者が新しい産業を作らざるを得ない環境を作ろうということだ。現在25くらいのアイデアが出ており、例えばトヨタ車体(愛知県刈谷市)が医療設備を備えた自動車「動く診療所」というものを提案してくれた。2024年までに社員が住む場所とオフィス、新事業を始める研究所などを整備しようと思っている。
 先ほども「南部さん、元気やなー」と言われたが、私は淡路島に行ってから1日2時間運動している。それと食べ物。無頓着においしいものを食べてきたが、島に行って考え方が変わった。ヴィーガン(完全菜食主義)のことも真剣に考え、研究所を作った。 
 島では五つのことをやろうと決めている。一つは「Hybrid  Career(ハイブリッド・キャリア)」を積もうということ。例えば、週末は東京や大阪で過ごし、仕事は淡路島でワーケーションという形でやる。人生の半分は好きなことを楽しむことに充てる。こうした働き方を社員に提案したら大変な応募があった。二つ目は「Wellness  Life(ウエルネス・ライフ)」。健康的に生きようということ。三つ目は「Art & Culture  Base(アート・アンド・カルチャー・ベース)」。2019年にG20大阪サミットが開かれ、私は「第1回ワールドシェフ王サミット」を淡路島で開催した。大道芸人の世界大会なども開き、人が集まる仕掛けを作っていく。
 四つ目が「Awaji  Venture  Island(淡路ベンチャー・アイランド)」。今も東京や大阪などからベンチャーをやりたい人が淡路島に来ているが、コロナが終息したら世界中から募集したい。土地は安いし、いっぱいある。最後は「International  Hub(インターナショナル・ハブ)」。国連の機能を三つか四つ淡路島に持ってきたい。実現するかどうか何とも言えないが、島の希望につながる。2025年までにパソナグループの社員が子どもを連れてくるので、それまでにインターナショナル・スクールを稼働させたい。幼稚園はできており、言葉は全部英語。「子どもに淡路島で英語を学ばせたい」と言っている社員もいる。
 私の人生のすべてをかけ、この五つの目標に向かって頑張る。渋沢栄一は「夢なき者は理想なし。理想なき者は信念なし。信念なき者は計画なし。計画なき者は実行なし。実行なき者は成果なし。成果なき者は幸福なし。ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず」という言葉を残したが、まさにこれだ。学生の時にこの地で夢を抱き、この45年間でパソナグループができたが、淡路島の目標の五つは10年あればできると思う。社員1200人が来て、島民にいろいろ教えてもらいながら喜んでもらえる施策をやる。人が来れば、夢を持ってきてくれる。夢は人に帰属する。つくづくそう感じている。(須山 勉)

ゲスト略歴(講演時)=1952年1月5日生まれ、兵庫県神戸市出身。76年3月関西大学工学部卒。同年、「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いから、株式会社テンポラリーセンター(現:株式会社パソナグループ)を創業した。以来「社会の問題点を解決する」という不変の企業理念のもと、年齢・性別・国籍・障害の有無に関わらず、誰もが自由に好きな仕事に挑戦できる社会インフラの構築に取り組んでいる。
 2003年からは農業分野の人材育成をスタート。さらに、東京・大手町に地下農場「PASONA O2」や、自然との共生をテーマにしたオフィス「アーバンファーム」、酪農や食の安全に関する情報を発信する「パソナ大手町牧場」を開設するなど、国内外に向けた新しい農業のあり方を提案してきた。
 現在、東京一極集中による様々な社会課題の解決と地域の活性化を目指し、京丹後、東北、淡路等全国各地で、多様な才能を持った人材が集まって地域産業を活性化させる「人材誘致」による新たな雇用創出に取り組んでいる。20年には兵庫県淡路島に本社機能の一部移転を発表。未来に向けた新しい働き方・社会のあり方を提言し続けている。大阪大学大学院国際公共政策研究科招へい教授、神戸大学客員教授。