残りの人生を「ひとくず」とともに歩んでいきたい

夏季会員交流会
映画「ひとくず」の鑑賞とトーク
ゲストに上西雄大監督と助演の徳竹未夏さん招く

 関西プレスクラブは、映画監督で俳優の上西雄大さんと女優の徳竹未夏さんをゲストに迎え、夏季会員交流会を大阪工業大学梅田キャンパス「常翔ホール」(大阪市北区)で8月4日に開催した。交流会では、上西さんが脚本を書き、主演・監督を務め、徳竹さんが助演した映画「ひとくず」を上映し、鑑賞後にはゲストの2人によるトークショーと会場の参加者らとの質疑応答を行った。
 「ひとくず」は児童虐待の連鎖を真正面からテーマにした問題作で、ロンドン国際映画祭、マドリード国際映画祭など数々の映画祭で最優秀賞を受賞するなど内外で高い評価を受けている。
 交流会での上西さんと徳竹さんの発言と、会場の参加者らとのやりとりをまとめた。

上西雄大さん


上西雄大さん 今日はこのような場を設けていただき、大変感謝している。

実はこの映画は、別の映画のために、ある精神科の女医さんのところへ発達障害の取材に行って話を聞く機会があり、それがきっかけだった。ひと通り発達障害について聞いた後、女医さんから「虐待についてご存知ですか」と質問された。この女医さんは児童相談所で嘱託医をしていて、「アイロンでやけどの跡をつけられた子もいます」と、悲しそうでもなく普通に「たくさんいますよ」と、トーンを変えずに話されたことにすごく衝撃を受け、現実を感じた。  
 その日に聞いた虐待の話から、子どもだけではなく、実は親も苦しんでいるということも知った。負の連鎖を断ち切れずにいると。僕は気持ちが乱れて、帰路は普通なら30分で帰れる距離だけど、運転しながらいろいろ考えていたら1時間半もかかってしまった。家でもずっと考えていて、先生が話した「子供が自ら助けてと言わない限り、誰も助けに行けないのです」という言葉に対してすごく悲しくなった。
 こうした虐待を受けた子どもたちを救い出すには、いったいどうしたらいいのだろうかと考えた。映画で出てくる「カネマサ」(主人公の金田匡郎)という、社会のルールを破って破綻した人間だったら、後先を考えず行動するのではないか。
 「虐待を受けた子供が大人になって、必ず虐待をするのか」という問いかけに答えを求めたかった。かつて自分が救いを求めた時は誰も来なかったけど、以前の自分を救う思いで、子供を救い出すことができないかと思い、この映画を一晩で書き上げ、書くことで気持ちが落ち着いていった。
 カネマサはお母さんを恨むことでしか、人生を乗り越えることができなかったけど、実はお母さんを恨むのが一番苦しかったのだ。でも最後にお母さんを許すことで、カネマサが救われる。そこを一人でも多くの人に観てもらいたい。

徳竹未夏さん

(映画で徳竹さんはカネマサの母親役として、愛人によって繰り返される少年時代の「カネマサ」への激しい虐待を止められず、苦しみ続ける姿を演じた)

徳竹未夏さん マドリードでは、映画を見ていただいて皆さんは、スタンディングオーベンションだった。すごく大きな意味のある作品だと実感した。映画を観るお客さんの反応も見ていたが、笑うところ、泣くところは共通していた。人の心は万国共通なのだと思った。

 

参加者からの質問も多く出た(常翔ホール)

【質疑応答】

Q 海外で賞をたくさん受賞しているが、手応えは。

上西 私は監督ではなくて役者。役者が監督をするというスタンスだった。人間を演じることで何かを伝えるということに意義を持っていた。この作品が海外で賞をいただいた時はすごく嬉しかったし、映画を観たみなさんが立ち上がって拍手するスタンディングオベーションには大変感動した。

Q 今後、監督としてやっていきたいことは何か。

上西 僕たちは劇団(「テンアンツ」)から始まり、今度は「ひとくず」舞台版を演じる。生のカネマサを見ていただきたいし、舞台を通してこの映画に繋がる思いを伝えていきたい。コロナ禍で普通の環境で映画を見ていただけていないので、今後も一人でも多くの人に見てもらいたい。

Q リメイクの話があるようだが。

上西 この映画は製作費はわずか500万円。僕たちの情熱だけでつくったので、いろんなところが足りなかった。リメイクして更に多くの人に観てもらえたらと思う。若く見えるかもしれないが、もう60歳手前。残りの人生を映画「ひとくず」とともに歩んでいきたい。大阪で生まれ、大阪で育ち、いろんな思いがこの大阪にある。映画を作るのに大事なアイテムになっている。大阪を離れずに今後も大阪で作品を作り続けたいと思う。(香山 隆司)

【映画「ひとくず」あらすじ】
生まれてからずっと虐待の日々が続く少女・鞠。食べる物もなく、電気もガスも止められている家に置き去りにされた鞠のもとに犯罪を重ねる破綻者の男・金田匡郎(カネマサ)が空巣に入る。幼い頃に虐待を受けていた金田は、鞠の姿に自分を重ね彼女を救おうと動き出す。そして、鞠の母である凜の恋人から鞠が虐待を受けていることを知る。虐待されつつも母親を愛する鞠。金田は鞠を救うため虐待をする凜の恋人を殺してしまう。凜に力ずくで母親にさせようとする金田。しかし、凜もまた虐待の過去を持ち、子供の愛し方が分からないでいた。そんな3人が不器用ながらも共に暮らし、「家族」の温かさを感じ本物の「家族」へと近付いていく。

上西 雄大(うえにし・ゆうだい)さん
1964年生まれ、大阪府出身。俳優・脚本家及び映画制作10ANTS(テンアンツ)・映像劇団テンアンツ代表。2012年劇団テンアンツ発足後、芸能プロダクション10ANTSへ進展。関⻄の舞台を中心に活動を始める。他劇団への脚本依頼を受けた事を起点に、“神木雄司”(こうのぎ・ゆうじ)のペンネームで舞台・TV・Vシネマ等多数の作品脚本を手掛ける。2016年、短編集オムニバス映画『10匹の蟻』を手始めに10ANTSでの映画製作を開始。映画「ひとくず」より本格的に映画製作に取り組み制作会社10ANTSへ発展。現在では俳優・脚本家・監督・プロデューサーと多岐に亘り精力的な活動を行っている。

徳竹 未夏(とくたけ・みか)さん
大阪府出身。宝塚造形芸術大学卒業。上西さんが、2012年に10ANTSを立ち上げた時からのメンバー。

【「ひとくず」の受賞歴】

・WICA202:国映画部門・最優秀作品賞

・2020年ロンドン国際映画祭:外国語部門最優秀作品賞・最優秀主演男優賞(上西雄大)

・2019年マドリード国際映画祭:最優秀助演女優賞(古川藍、徳竹未夏)

など多数。