講演の模様をYouTubeにアップしました
第288回 2022年9月14日
ジャスピアニスト、数学者、STEAM教育者、メディアアーティスト
中島 さち子氏
「大阪・関西万博に向けて いのちを高めるクラゲ館とSTEAM」
関西プレスクラブは2022年9月14日、ジャズピアニストで数学者の中島さち子さんをゲストに招き、第288回定例会を開催した。中島さんは2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーの1人で、講演では自ら手がけるパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」について、「ゆらぎのある遊び」の中で新しい発明がうまれるゾーンを設け、パビリオンを核に「世界学び遊びサミット」を開催するなどの構想を語った。
「大阪・関西万博に向けて いのちを高めるクラゲ館とSTEAM」をテーマにした中島さんの講演は以下。
音楽、数学、それだけじゃなくテクノロジーやものづくりなど好きなことが色々ある。そういう世界が面白いと思い、「STEAM教育」の考え方に出会った。STEAMでは学校や働くことがどうあるべきかなど、色々なことが根本的に問い直され、日本でも世界でも動きがあり、そこに関わっている。
2017年に会社を立ち上げてから留学し、18~20年はニューヨークにいた。20年6月に帰ってきて、7月に2025年大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーに選ばれた。ニューヨークは多様性のるつぼだった。センサー、プログラミングが初日から面白く、アートとテクノロジーの狭間を模索するような毎日。一緒に行った娘にとっても大きな2年間だったと思う。
万博は、経済産業省の「未来の教室」で委員として、提言や実証プロジェクトをしていたのでお声がかかったのだろう。0~120歳にとっての学びと遊びの変革の話をした。8人のプロデューサー全てが「いのち」がテーマで、私は「いのちを高める」、英語で「いのちを元気にする」というテーマ事業を任された。
万博は150カ国が参加予定で、来場者2800万人のうち海外からは1割強と見込まれるが、もっと増やしたい。大阪が世界のるつぼみたいになり、関西、日本から世界へと人の動きが出ればいい。私のテーマ事業は遊びや学び、スポーツや芸術を通じて生きる喜びや楽しさを感じ、ともに命を高めていく共創の場を創出するプロジェクトだと思っている。
万博はテクノロジーの祭典のようなところがあるが、生きているいろいろなものが出会って何かが起きる、そういう民の祭りだ。その原始的な力を絶対に中核に据え、その上でAI(人工知能)や新しい命とどんな未来を描けるのか。テクノロジーも創造性を喚起してくれる、一人ひとりが未来をつくる時代で、その爆発的なエネルギーを見せられるのが万博だ。
25年万博では「いのちの遊び場 クラゲ館」というパビリオンをつくる。万博前から後へ貫く事業として、地球上すべてが学び場、遊び場であり、分断されている多様な点をつないでいく「未来の地球学校」プロジェクトを始めている。クラス、時間割などが分かれていると、なかなか本当の喜びに到達できない。また、現在もさまざまな格差がある。一人ひとりが本来持っているものを開かせるには、共創のエコシステムが大事だ。
1970年の大阪万博はすごく強烈だった。55年後にその地で万博がある。世界は動乱の時期で、新型コロナウイルス禍のため疲弊している。苦しんでいる人もたくさんいる中、なぜ万博かという意味付けを新たにしなければならない。私は「創造性の民主化」という言葉をよく使う。みんな持っている創造性が開かれる社会をつくろうということだ。
クラゲ館は建築家の小堀哲夫さんとつくっている。学びと観光を絡めようと大和ハウス工業や大日本印刷、東武トップツアーズに支援してもらい、立命館大にもお世話になっている。協賛の依頼がある企業も多いだろうが、お金を使う以上は本当の意味で価値をつくらないといけない。
小堀さんをはじめアーティストや数学者とも語り、創造性やいのちにとっては「ゆらぎのある遊び」が大事だということになった。テーマパークのように何が起きるか分かっているものではなく、無目的な遊びが大事だ。ゆらぎがあるからこそ災害があったとき、困ったときに生き長らえる。人間だけじゃない命から学べることがあり、半透明のクラゲというイメージが出てきた。目的が決まっているのではなく、ふわふわと上も下もなく動くようなものの象徴として、今の時代を生きていけたらと思う。
パビリオンはクラゲの屋根がかかり、半屋外の公園のようなスペースを準備する。外の空気や風が感じられ、いろいろな活動を繰り広げられるイメージ。「ワークショップゾーン」では世界の人と出会い、一般の人がつくり手として携われるようにする。「発明ゾーン」もつくり、不思議な発明を応援する。
また音楽を一つの象徴とし、つくる喜びをつなげたい。自分が動いたり、関わることで音が生まれたり。民族音楽、舞踏などパフォーマンスを伴うアートは、この機会に世界中とつながって心を揺るがすところに持っていけないかと考える。
あとは世界中の人を巻き込んで、1週間くらい「世界学び遊びサミット」をしたい。0~120歳の人たちが主役となって未来の学びや遊びを語り合い、表現し合えるような場。5年に1回、万博で行えるようになったら非常に面白い。クラゲ館の横にミニステージを置きたいし、館内にはVIP室として素敵なお茶室をつくる。徹底的にクラゲ館を利用してもらい、未来に向けてつながっていける仲間を増やしたい。
学びの大変革には共創のプラットフォームが大事だ。日本は真面目な分、共創の仕組みが弱い。諸外国でよく聞く「メンター」は、学校の先生とも違う人が寄り添ってくれる。キャリアや人材育成に使えるので大学、企業を交えて認定制度をつくれないだろうか。
今回の万博は予算が小さめだが、市民感覚ではかなり大きなお金が動く。半年後になくなるものがほとんどで、批判的な話が出るのももっともだ。ただ、つくり手目線でみんなが考え、未来をつくっていけることを感じられる祭りでありたい。経済効果はどう仕掛けるか次第だ。一つが旅とつなげること。クラゲ館では地域、図書館、美術館、学校などとつなぎ、リアルタイムで一緒にいるかのような時間をつくり、その後の旅につなげたい。
ここからSTEAMの話。0~120歳の人がやれることは広がっている。インターネットは大発明で、誰もがつくり手、発信者になれる。本来的に持っているものを、弱さも含め表現できる。そういう時代にSTEAMという言葉が生まれた。創造のわくわくを喚起してくれる新しい学びだ。
答えが一つではなく、あなたもエンジニア、研究者、数学者のように考える。何が正しいのかより、何が面白いか。みんながつくり手として考えることが大きい。研究でもイノベーションでも生み出すことが大事で、そういう文脈がSTEAMにある。
課題をつくる、見いだす、問いやテーマをつくる力も今求められている。日本人は好きなものが見つからないなどと言うが、ほんの少し好きなものがあれば、誇ればいい。下手でも面白い、弾けないけれど楽しいという経験があれば。できるかできないかではなく、心が動くかどうかで「好き」を深掘りすると、新しい自分なりの価値ができる。(大西 大介)
迫真のピアノ演奏も
中島さち子さんは、講演の最後にピアニストとして2曲を披露した。
最初の曲は、会場の参加者から「好きな音階」のリクエストを受けて「ファ・ミ・ラ・ソ・ド♯」だけを使った即興の曲。次は、東日本大震災後に作曲した「希望の花」と、童謡「ふるさと」を合わせた曲で、犠牲になった人たちへの鎮魂と、被災地再生への思いを込めた情感のある演奏に、会場から大きな拍手がわいた。
STEAM教育とは
科 学(Science)
技 術(Technology)
工 学(Engineering)
アート・人文学(Art・Arts)
数 学(Mathematics)
の頭文字をとり、これら5つの領域をクロスオーバーして学ぶ教育理念、教育手法。ワクワクを起点に自ら問いをたて解決する力をはぐくむ。
ゲスト略歴(講演時)=1979年6月大阪生まれ。幼少の時からピアノ、作曲に親しむが、14歳ごろしばらく音楽を離れ数学に没頭。1996年、高校2年の時にインドで開催された国際数学オリンピック大会で、日本人女性で初の金メダルを獲得した。東京大学理学部数学科に進学して好きな数学に明け暮れるとともに、ジャズ、ロック、ブルース、ファンク、ソウルなど様々なジャンルの音楽に夢中となる。大学卒業後、音楽の道に入り、バンドのリーダーや大きなバンドのキーボード奏者として国内外で演奏活動を行う。
2010年ごろ数学研究を再開し、数学者として、ピアニストとして、多数の著書、アルバムを発表している。現在、数学・音楽をテーマとした全国公演(講演)、インタラクティブメディアアート(双方向型メディアによる芸術)など、あらゆる境界を超えて活躍。なかでも、科学、技術、工学、芸術、数学を横断的に学び、問題を解決する力を育成するSTEAM教育の推進に力を注ぎ、0~120歳を対象とした教育プログラムの開発などに取り組む。主な著書に『人生を変える「数学」そして「音楽」』(講談社)、『知識ゼロからのSTEAM教育』(幻冬舎)、絵本『タイショウ星人のふしぎな絵』(絵:くすはら順子、文研出版)、主なCDに中島さち子PianoTRIO 「Rejoice」「希望の花」など。(株)steAm代表取締役、(一社)steAmBAND代表理事。2025年大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー(「いのちを高める」)。