ゲストの内藤さん、松本さん、小柳さん 生の音楽を届ける喜びを発散、音楽界の苦境を訴える

 新型コロナウイルスの感染拡大で音楽イベントの中止や延期が続く中、関西プレスクラブの秋季会員交流会は、オペラ歌手の内藤里美さん(ソプラノ)と松本薫平さん(テノール)、ピアニストの小柳るみさんをゲストに迎え、「関西の未来をみつめて」をテーマにコンサートとトークの内容で10月15日開催した。3人のゲストは独唱や二重唱、ピアノ独奏で計11曲を披露し音楽の魅力をアピール。楽曲の合間にトークを行い、「生の音楽を観客に届けるのがわれわれの本来の使命」と強調し、活動継続に苦しむ若手らへの支援を呼び掛けた。演出はプレスクラブ特別賛助会員の佐々木洋三氏(前・関西・大阪21世紀協会専務理事)が務めた。会場の大阪工業大学梅田キャンパス「常翔ホール」には、会員ら約80人が集まった。

ソーシャルディスタンスをとった観客席についた参加者ら(大阪工業大学梅田キャンパス「常翔ホール」)

 オープニングはオペラ「椿姫」より「乾杯の歌」。歌声を響かせた内藤さんは「皆さんとシャンパンを飲みながらの交流会を楽しみにしていたが、このような時期なので『密』を避けた乾杯ということで」と語り始めた。

ステージで歌う喜びを満開にさせる内藤里美さん


 松本さんも加わり、新型コロナの影響で2、3月ごろから公演の中止や延期の連絡が続いていることを説明。2021年に予定していた公演にも影を落としているといい、松本さんは「コロナ禍がいまだに収束しない中、芸術、音楽は非常に厳しい立場に置かれている。音楽の中でも声楽は特に影響が懸念される分野だ」とした。

「トゥーランドット」を力強く歌い上げる松本薫平さん


 2人は、感染防止のため練習さえできない時期があったことを紹介。少しずつ公演が再開されてきたが、出演者が多い場合には飛沫を防ぐマウスシールドやフェースシールドの着用が避けられない実態を打ち明けた。この日もマウスシールドを着けて登場したが、会場はステージ近くの前4列を空席にするなど感染防止策を徹底していた。松本さんは、自身が独唱する「禁じられた音楽」にちなみ、「今まで歌うことを禁じられていたので、今日は思いっきり、禁じられた音楽を歌いたい」と語り、内藤さんと共にマウスシールドを外した。
 海外ではオペラの中の設定をコロナ禍と結び付けて上演しているケースもあるという。内藤さんと松本さんは「ラ・ボエーム」の「麗しい乙女よ」ではマスクを着け、検温や手指の消毒の動きを取り入れた「ソーシャルディスタンスバージョン」のオペラに挑戦。コミカルな動きを見せると、客席に笑みがこぼれた。

「麗しい乙女よ」コロナバージョン。感染拡大の下でのニューノーマルで、「接近」したくてもできない恋人同士をコミカルに演じる内藤さんと松本さん


 若い音楽家を中心にインターネットを通じたリモート演奏やライブ配信が盛んになっていることも話題となり、松本さんは「今まで聴く機会のなかった人に届いたり、CDのように繰り返し聴いてもらえたりするメリットはあるかもしれない。しかし、私たちの本当の使命は、生の音楽をお客さまに届けること。その瞬間の息遣いを共有することで、その時にしか味わえない音楽が生まれる」と述べた。若い音楽家の現状について「生活が苦しくなり、音楽を諦めようとしている人がたくさんいる。新型コロナが落ち着き、演奏会が開催できる時が来るまで、音楽を諦めないで済むような助成・支援を行政にお願いしたい」と訴えた。

バックの映像は、関西・大阪21世紀協会が2012年に文化拠点として大阪城を活用する社会実験を行った際のコンサートの模様

「演奏できること」に感情がこみあげる場面もあった小柳るみさん


 最後の曲は、祈りを意味する「ザ・プレイヤー」。内藤さんは「コロナ、台風、水害など厳しい試練が続くが、音楽には生きる勇気と希望、そして元気を与えるパワーがある」と力強く語った。
 終演後、客席との質疑応答もあった。無観客公演について聞かれた松本さんは「拍手や『ブラボー』の発声をもらうと、歌手は乗ってくる。無観客は乗りにくい。また、今は観客を入れてもブラボーは禁止。イタリアの歌劇場では、素晴らしいものにはブラボーが飛び、そうでなければブーイングが起こる。観客が新人を育てるという側面もある」と話した。(黒住 正義)

【ゲスト略歴(公演時)】

内藤 里美(ないとう・さとみ)さん
 大阪音楽大学大学院オペラ研究室修了。飯塚新人音楽コンクール第1位、文部科学大臣賞受賞。シュナイダー・トルナフスキー国際声楽コンクール第3位。ドイツエアフルト歌劇場にて「ヘンゼルとグレーテル」「ばらの騎士」に出演。「魔笛」パミーナ「カルメン」ミカエラ「ラ・ボエーム」ムゼッタ等多数出演。NHK名曲リサイタル、クラシック倶楽部、兵庫県立芸術文化センターへの出演をはじめ、管弦楽曲のソリストとしても活躍中。兵庫県立西宮高校音楽科非常勤講師、大阪音楽大学演奏員、神戸市混声合唱団コンサートミストレス。

松本 薫平(まつもと・くんぺい)さん
 東京芸術大学卒業。卒業後イタリアに渡り、フィオレンツァ・コッソット氏のもとで研鑽を積む。帰国後「ラ・ボエーム」のロドルフォでデビューし、その後「蝶々夫人」「カルメン」「椿姫」「リゴレット」「トロヴァトーレ」「アイーダ」「トゥーランドット」「トスカ」をはじめ数々のオペラに主演している数々のコンクールで優勝、入賞の他、兵庫県芸術奨励賞、神戸文化奨励賞、咲やこの花賞、神戸キワニス文化賞ほか受賞。現在、神戸女学院大学教授。関西二期会会員。藤原歌劇団団員。

小柳 るみ(こやなぎ・るみ)さん
 奈良県立高円高等学校音楽科、相愛大学卒業。同大学音楽専攻科修了。国立ワルシャワ・ショパン音楽院研究科修了。ソロではコンチェルトから子供向け、震災チャリティーコンサートまで幅広く出演。伴奏ではNHK・FMラジオ等数々の演奏会で伴奏を務め、オペラの稽古でもピアニストを務める。現在、相愛大学演奏助手。