「国土軸」維持へ自己負担決断

245回 201738

東海旅客鉄道(JR東海)代表取締役社長
柘植 康英
 「『日本の大動脈』発展のために」

 われわれの使命は、日本の大動脈輸送を守ることにある。(営業エリアである)首都圏から関西圏までの18都県は面積で日本の4分の1、人口やGDPは6割を占める。リニア中央新幹線を建設、開業して大動脈を守る。そのためには東海道新幹線を磨き上げて経営体力を強化し、収益力を上げることが必要だ。
 東海道新幹線は1964年の開業以来、列車事故による死亡事故はゼロ。在来線を含めた会社全体の事故も減ってきている。「下りるべき遮断機が下りない」といった、一つ間違えると恐ろしい事故につながる「インシデント」をいかに防ぐかが課題だ。投資のうち安全関連は6割を占める。今後10年で中央新幹線に3兆円を投じるが、それでも安全関連はないがしろにしない。
 なぜリニア新幹線をやるのか。①東海道新幹線の経年劣化②南海トラフ地震をはじめとする大規模災害の恐れ―が理由だ。国土軸をきちんと維持するのは本来、国のプロジェクトが望ましいかもしれない。しかし整備新幹線としての中央新幹線の建設は、北海道や北陸、九州といった「先輩」たちの後になる。国の財政事情も豊かでない中で、自己負担で進めようという決断をした。
 自前で始めるに当たり、借金の限界を考えた。節目として5兆円を置いた。現在2兆円で、新たに3兆円を借りて名古屋まで開業する。少し体力を回復する期間として78年をおいて大阪開業時には469兆円。望ましいのは同時開業だが、民間の経営体力では2027年に名古屋、45年に大阪という2段階方式でやらざるを得ないと考えていた。
 昨春、想像もしていなかったが、財政投融資の貸し付けで名古屋―大阪間を早期開業できないかと財務省、国土交通省と話し合った。3兆円の借り入れを30年(金利)据え置きで、10年返済というのは民間ではあり得ない。金利高騰や資金の調達、償還のリスクが低減されるため、体力回復期間を縮め、大阪開業は最大8年の前倒しを実現できる。日本経済、関西経済にとっていい話だ。
 さらなる短縮をできないかという議論がある。しかし、まずは南アルプスの難工事にめどを付けたい。本当に掘れるか、数年掘ってみないと分からない。まずは名古屋まで全力を挙げて、めどを付ける。それが大阪への早期開業につながる。財投を借りたら国の介入を受けるのではという懸念がある。しかし経営の自主性、投資判断の自主性を尊重すると言われている。介入を受けることにはならない。
 リニア開業の意義は何か。日本の大動脈の二重系化と輸送容量の拡大だ。東京―名古屋―大阪が67分で結ばれれば、経済の動きが活発になり、周辺地域の利便性も増す。首都機能の分散や一極集中の緩和。関西国際空港のスロットにも余裕が出て、アジア向けをさらに拡充できる。観光面はもちろん、「ひかり」の増発などで沿線の価値も上がる。民間事業だが、公共事業的な乗数効果が望め、労働時間の創出や働き方改革にもつながる可能性がある。
 今の計画では27年の品川名古屋開業後、10年間は名古屋止まり。名古屋大阪が約50分、名古屋での乗り換えに10分かかるとすれば、品川大阪は計1時間40分。
現在の約2時間半か
すれば零点ではなく、6070点はもらえるのではないか。全線開業には及ばないが、短縮効果はある程度ある。
(高橋 雅哉)

講師略歴(講演時)=19538月岐阜県生まれ。77年東大経済学部卒、日本国有鉄道入社。87年国鉄民営化により東海旅客鉄道入社、経営管理部管理課長、人事部勤労課長、人事課長、総務部長、取締役人事部長、常務取締役秘書部長などを経て、2008年代表取締役副社長、144月から代表取締役社長。11年から144月まで中部経済同友会代表幹事、146月からは中部経済連合会副会長を務める。国鉄入社直後の約2年半(776月~7910月)は、大阪・梅田の大阪鉄道管理局に勤務、岸辺(大阪府吹田市)の寮や摂津富田(同高槻市)の社宅に住み、関西のにおいも知っている。息子2人も関西の大学を出て、関西の企業で働く。座右の銘は「10人の1歩は1人の10歩に勝る」。誰かが突出するのではなく、一人ひとりが努力し積み上げ、大きくなることにこそ意味がある、と。寺の長男。